2014年4月12日土曜日

ま、仕方ない☆で済ませられない分離教育


井口恵理、山田雄一「ダウン症児外し入学式写真:長野の小学校、校長がおわび」『朝日新聞』2014年4月12日朝刊 を読む

*注:既に朝日新聞サイトでこの記事が見当たらなかったので、Yahoo!知恵袋の関連記事のURLに差し替えます。たくさんの投稿者のコメント、参考になりました(2016年1月記す)。

 長野県で、特別支援校の男児が、地元の子どもとの「交流」を目的に、公立小のクラスの一員に加わった。ところが入学式で、新入生の集合写真「外し」をされることに。それも微妙で、男児が外された写真と、加わった写真の2種類が撮影された。何が問題なのかは、県教委のコメントがすべて集約している。

 「児童全員が入った写真だけを撮るべきだった。男児を外しての撮影は『あの子が写ると困る』と周囲の子どもたちに伝えることになり、問題があった」

 そもそも2バージョン撮影するという発想自体、問題がある。ピカピカの小学1年生に「差別」は当たり前と刷り込むことになるのだから。残念ながらこうした撮影は、全国で見られるのも事実。くだんの校長先生のみを責めることは気の毒だ。しかしそれにしても、マスコミに騒がれるという非常事態でありながら、今朝の新聞での校長先生のコメントは的外れにも余りある。

 「2種類を撮影することが差別になるという意識はなく、(男児の)お母さんがショックを受けるとは考えていなかった。(中略)実は、他の保護者から男児が学校に入ることに不安を訴える声もあった。そのことでお母さんが集合写真を一緒に撮ることに不安があって遠慮しているように見えたので、2種類撮るという方法もありますよ、と言ったつもりだった。今、考えてみれば、お母さんの気持ちをもっと丁寧に聞いて、一緒に撮りましょう、と強く勧めればよかったと思う。」

 県教委は子どもたちの受けとめ方を問題としているが、校長は、保護者対応しか念頭にないように読める(それが記者のバイアスであったら本当に気の毒だが)。既に何らかの「他の保護者から不安を訴える声」があり、そのことを校長先生は男児の母親に伝えたのであろう。(顔見知りかもしれない)他の母親から早速の「洗礼」を受け、校長先生はかばう意識さえ持たない。母親の葛藤は察するに余りある。
 さらに言えば、この期に及んでの「お母さん」呼ばわりは相当に不愉快である。校長先生は(女性校長などの記載がないので)男性であろう。もちろん報道で本名は出ないが、本人には苗字で「○○さん」と呼んでいたか。例えば、立派な風貌の父親が校長と面談していたら状況は変わっていなかったか。
 問題が顕在化する契機となった母親の友人の投書(4月7日朝日新聞朝刊「声」欄)を引っ張りだして読んだ。この友人の方の文章は素晴らしく上手い。いたずらに感傷に訴えることなく、しかし国の特別支援教育の理念を示し「障害者やその家族が、健常者の顔色をうかがって生活する必要がない社会の実現を切に願います」と静かに、力強く締めくくる筆力である。
 投稿者は、「2バージョンの集合写真」の提案でショックを受けたという母親からのメールに「まっ、仕方ないか」とあったことに、次のように書いている。
 「涙が出ました。(中略)「まっ、仕方ないか」という言葉に込められた彼女の思い。」

 教育に携わる者は、障害を持つ者とその家族の諦めに近い感情を読み取り、子どもたち(とクレームを言うような保護者)に態度で示す責務があるだろう。

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