2017年12月30日土曜日

幼児教育無償化政策の闇

1)普光院亜紀(2017)「幼児教育無償化は、待機児童対策に悪影響だ:教育支出の格差が広がる可能性もある」(Webサイト)東洋経済ONLINE20171228http://toyokeizai.net/articles/-/203045

2)葛西大博(2017)「なぜズレる、子育て政策:ますは待機児童解消、多くが望んでいるのに・・・」『毎日新聞』東京夕刊、20171215
https://mainichi.jp/articles/20171215/dde/012/010/003000c を読む


 2017年は、「幼児教育無償化」が政策課題として突如クローズアップされた。これも突然、9月25日に3日後の衆議院解散が表明され、幼児教育無償化が自民党の選挙公約として掲げられた。そして一ヶ月後の総選挙で、自公政権が圧勝したことは記憶に新しい。盤石の基盤を得て飛ぶ鳥を落とす勢いの政権により、12月8日には「2兆円規模の新しい経済政策パッケージ」が閣議決定された。201910月からの消費税増税分と、3,000億円の企業拠出金で賄われる2兆円のうち、8,000億円は幼児教育・保育の無償化に充てられるとのことだ。
 一方、昨年にいわゆる「保育園落ちた」ブログの出現と、これを元に当時の民進党議員が国会で追及して喫緊の政策課題としてようやく日の光が当てられた保育所の待機児童対策の配分見込みは、約3,000億円に止まった。幼児教育無償化対策とほぼ同額の8,000億が「高等教育無償化・軽減」に充てられることから見ても、優先順位の劣位は明らかである。
 早速Twitterでは「♯子育て政策おかしくないですか」というハッシュタグを付けた投稿が盛況となった。一連のツイートの嚆矢は、自民党が圧勝した11月の衆院選後に「無認可保育園は無償化の対象外」という政府方針が示され、選挙公約と「話が違う」として、東京都武蔵野市等での「保活」経験者が立ち上げたグループが、窮余の策として始めた情報発信と署名運動だそうだ[1]。3万人分の署名が集まった成果なのか、既に政府は11月当初の方針を変更し、無認可園も無償化の対象とし、保育士の待遇改善も充実させるとした。
 そうした陳情や各種の調査もふまえた上での子育て政策であるが、幼児教育無償化、つまり幼稚園等の保育料の無料化が最優先される方針は変わらないのはなぜか。その問題点を指摘し注目されるのが、冒頭1)の、「保育園を考える親の会」代表の保育ジャーナリスト、善光院氏による論考である。氏は、2020年度末までに32万人分の「保育の受け皿」を整備するべく待機児童対策が約束されたように一見見えるが、2つの落とし穴があることを指摘する。
 一つは、「リンゴをくださいと言ったのにミカンを渡される」という例えに集約される、待機児童の保護者にとって的外れなことへの疑念である。そもそも「32万人」の算出が不確かで、例えば野村総研は「88.6万人」と試算する[2]。皮相な「待機児童ゼロ」宣言でなく、質が保証された認可施設が求められている。
 同氏は第二に、「施設はつくったけれど、保育士がいない」という落とし穴も指摘する。保育士の待遇、特に給与の安さは一般に知られるようになり、大学で保育者を目指す学生や保護者を不安にさせている様子だ。保育実習を受け入れていただいた園で、アルバイトや職員としてスカウトされる学生も少なくなく、実際に都市部では保育士不足が深刻なようだ。政府は今回、保育士の待遇改善策として、2兆円のうち100億円を、月額3,000円程度の賃上げに充てる方針を示したが、十分な改善ではないことは明らかだ。善光院氏は、厚労省の賃金調査による全産業女子平均額(376万円)に近づけるには、1,378億円の財源を充て、保育士28.7万人の賃金を月額4万円上げる必要があると試算する。これでも年収48万円アップに止まり、男性保育士が増え、きめ細かな保育が求められる今日、全産業平均490万円に比べると見劣りは否めない。
 善光院氏は、政府による幼児教育無償化策は、貧困層を含めた就学前教育の機会の平等を実現させると同時に、次世代の税収を増やし、福祉や治安のコストも低減できる、幼児教育の費用対効果を狙っているのだと指摘する。
 これらの政府の狙いを後押ししたエビデンスの一つは、「ペリー就学前教育(preschool)」プロジェクトである。1960年代のアメリカで、貧困層の子どもに良質な幼児教育を施し、半世紀にわたり比較検討と追跡調査を行うという、今日では倫理的に却下されそうな壮大な社会実験である。文科省の有識者会議(「今後の幼児教育の振興方策に関する研究会」等)や、内閣府の子ども・子育て支援新制度の説明資料でも紹介され、2015年には、アメリカのノーベル賞経済学者のジェームズ・ヘックマン氏(古草秀子翻訳)の『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社)と、気鋭の教育経済学者、中室牧子氏の『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)が刊行され注目を浴びた。両書は、どちらかというと経済的に余裕があり、教育熱心な家庭の指南書として、幼児教育熱をいたずらに煽り立てたかも知れない。それはともかく、善光院氏は経済学者の見解や、既に2013年に幼児教育無償化を行った韓国での課題等をふまえ、ペリー就学前教育の事例は現代の日本の状況に該当せず、幼児教育の一律の無償化により恩恵を受ける中・高所得層が、その余剰を別の教育支出に振り向け、教育支出の格差が広がるのではと鋭く指摘する。
 こうした指摘は、冒頭2)の新聞記事や、先述したSNSの「♯子育て政策おかしくないですか」の夥しい投稿に共通する。もっとも政府は、こうした問題点や指摘は織り込み済みだろう。しかしそれでも幼稚園・保育所の保育料無償化を推し進める政府の狙いをさらに挙げるとすれば、この幼児教育無償化策が、特に中・高所得層と、私立園経営者にアピールできるからではないだろうか。
 もちろん就学前教育は大切だし、無償化の実現は誰もが願う施策である。しかし、増税分の消費税と企業の善意の拠出金をかき集めた財源で、喫緊の待機児童対策より、幼児教育の無償化が最優先される理由の一つに、私立幼稚園の関係団体によるロビー活動が挙げられるだろう。
 例えば、全日本私立幼稚園PTA連合会(全日私幼P)なる組織がある。私学会館内に拠点を置く私立幼稚園の全国組織である全日本私立幼稚園連合会(全日私幼)に事務所を置き、実質的には下部組織にあたる。今年9月25日の午後1時より、1,200人以上の保護者代表を集めて第32回目となる全国大会が開催され、冒頭で安倍首相が「今後、幼児教育の無償化を思い切って加速するなど、若い世代への公的支援の充実にしっかり取り組んで参ります。」[3]と祝辞を述べた。他の来賓も、当時の林文科相の他、中曽根弘文氏、馳浩氏等と大物政治家揃いである。そして午後6時には、くだんの衆議院解散を表明した記者会見があった。その日は、華やかな会場で安倍首相等の祝辞を聞き、夜に衆院解散のニュースも知り、気分が高揚した保護者は少なくなかったのではないか。一方、議員にとっては、衆院選に向けて奔走すべくタイミング(または激務の中で駆けつけたというポーズ)でのP連挨拶は、票田の獲得に他ならないと言えないか。
 もちろん、この全国大会への出席は予め決まっていたであろうが、安倍首相の列席は初めてではない。何よりもP連の役職者は、自民党の新旧の衆議院議員が占めている。2015年度現在で、最高顧問は森喜朗氏で会長は河村建夫氏、副会長は遠藤利明氏と山本順三氏である。関西の情勢は良く分からないが、くだんの森友学園の幼稚園やこども園で安倍首相の夫人が「名誉園長」に就き、教育勅語を暗唱するといった園の保育方針を大物政治家が公然と賛美しても、当初まったく注目されなかったのも、こうした土壌が蔓延していて、あまり違和感なく受け止められたからかも知れない。
 さすがに全日私幼の歴代会長は幼稚園関係者が就いているが、全日私幼と同P連は、2013年の参院選比例区で橋本聖子氏を、2015年の同比例区では山谷えり子氏を統一推薦候補と決めたように、過度に政治的に偏りのある仕組みとなっている。
 一方、東京都私立幼稚園PTA連合会(都私幼P)の大会の来賓は、自民の議員ばかりではない。例年、市ヶ谷の私学会館で全日私幼P連の東京地区協議会大会と共催として開かれ、今年9月の第26回目の大会は、800人を超える保護者代表を集めた。来賓は小池百合子都知事が目玉であり、様々な会派の都議会議員が祝辞を述べている。しかし、この組織は日頃から自民寄りの体質を露わにしており、特にかつての民主党政権への批判は容赦ない。当時からその傾向は顕著であり、例えば2012年のニューズレターは、「自由民主党シャドウキャビネット文部科学大臣」の肩書きの下村博文氏と都私幼P連会長、全日私幼副会長の座談会を掲載している[4]。下村氏は、当時の総合こども園構想を「幼稚園の保育所化」と批判する。こども園の目的が「母親の就労、社会進出をさせる」ことにあり、株式会社の参入を「教育の場にサービス競争が持ち込まれ(中略)不幸になるのは子どもたち」と述べた点は、皮肉にも今日の自民政策に当てはまると言えるが。下村氏はさらに持論を次のように展開する。
 「民主党の子育て政策には母親の就労促進が前提にあるため、家庭で子育てをする専業主婦の価値を意図的に否定している面が見受けられます。しかし、それは基本的に間違っていると私は考えています。(中略)ある女性は「これまでいろいろな仕事をしてきたけれど、子育てほどやりがいがあり、価値があることはなかった。(中略)」その言葉を聞いて、私はやはり、一人の子どもを自らの手で育てることは女性にとって素晴らしい経験なのだと思いました。」
 そして、やや偏った育児観も示されている。
 「今のお母さん方の子育ては孤立していることがとても多く、(中略)そのような“孤育て”環境で育った子どもは、友だち関係が上手にできず、多動やうつになったり、いじめの対象になったりすることが多いようです。」
 母親の子育てが原因で「多動やうつ」、果ては「いじめの対象」になるとは、失言ではないか。また、民主党政権の「子ども手当」や、平成22年度予算での私立幼稚園就園奨励費補助の一部(第四階層)減額への厳しい批判に続き、都私幼P連会長が「あの時はみんな驚きました。ガッカリでしたね。」と述べ、全日私幼副会長は「私たちも困り果て、都議会自民党の先生方にお願いし、緊急避難措置として都に復活予算を計上していただきました。」と発言している。この座談会の見出しには、「私立幼稚園児の母の思いは、預けたいより、自分で育てたい」ともある。誤解を恐れずに言えば、これらの団体は一貫して、「家庭教育と専業主婦を否定し、幼稚園教育を否定して親から幼児を引き離そうとする民主党政権許すまじ!」といった、保育園に子どもを預ける親を見下し、園経営者には「こども園」への移行を気詰まりにさせそうな、扇情的なレッテル貼りをしていないか。
 かくゆう私も、激戦区の都内での「保活」に加え、「保育園落ちた」過去がある。2歳までが対象の保育園は受け入れていただいたが、子どもが3歳児になるにあたり、日程をやり繰りして役所に何度か通ってアドバイスを聞き、各所から証明書等を取り揃え精緻な書類を提出したのに「不可」となった。運良く預かり保育を始めた私立幼稚園にお世話になったが、当時は複数の大学で非常勤講師を掛け持ちしており、文字通りの自転車操業となった。園行事があると預かり保育だけでなく、保育そのものが休みとなったりする。そうした行事やPTA活動は、保育園では多くの「パパ」が参加していたが、幼稚園では平日が中心で「ママ」の集まりであった。
 PTA活動で顰蹙を買うのは辛い。ベルマーク係(丁寧に切り取って小袋に分けるため時間がかかるのだが)や「保護者だより」を作る係、バザー当日の手伝い等に限られる。パート勤めや介護等があるのに、万年要職に就かざるを得ない「専業主婦」のママ友は、口にしないが、不公平感を持ったと思う。さらに役職者は、平日の昼間に開催される市区単位のP連をはじめ、場合によっては、くだんの都や全国のP連の集会にも動員される。会合の出席者は、当日の園での預かり保育が「ただ」になる等のささやかなメリットがあるものの、特に全私幼の大会は会場がニューオータニやオークラ等で、ランチやお茶等のお店や、服装等も気を遣いそうだ。
 園児の保護者だった当時は、特定の政党を応援し、「専業主婦」と「働く母親」の物心両面の対立や分断を煽る団体に、PTA会費の一部が上納されることが、言いたくても言えない疑問だった。今日、改めて都私幼P連のニューズレターを見ると、変わらずきれいなカラー版で、会長も代替わりせず、論調も変わらないように見える。
 繰り返すが、幼児教育の無償化は重要である。PTA活動も重要で、実際に参加して楽しかったし、意義も十分に説明できる。安倍内閣の述べる「幼児教育」とは、喫緊の政策課題である待機児童解消や保育士待遇改善を具体策とする児童福祉としての保育と言うより、なぜか「幼稚園」が中心であるのだが、もとより明治期以来、公的な手当が手薄な中で幼稚園教育に取り組み続けた私学の歴史には、頭を下げるしかない。しかし、既に1990年代に専業主婦世帯数より共働き世帯数が上回り、長時間労働と男性も含めた非正規雇用が常態化し、子どもの貧困や一人親世帯の問題にも警鐘が鳴らされる今日、首相を含む大物自民党議員のバックアップがあるというセレブ感(?)と、幼稚園教育の無償化と補助金確保というツールで私立園に子どもを通わせる中・高所得層の保護者と、園経営者の心をつかみ、誰もが否定し得ない「お母さんの子育てが第一義。特に3歳までの家庭教育が大切。」という価値観をかざす幼稚園関係団体の存在は、未だに闇である。



[1] 田渕紫織、中井なつみ(2017)「幼児教育無償化より待機児童解消:政策動かすSNS」『朝日新聞』、20171127
https://digital.asahi.com/articles/ASKCW62PGKCWUTFL018.html?ref=huffpostjp
[2] 「減少する労働を補うために2020年までにさらに必要な保育の受け皿は88.6万人分」(Webサイト)NRIジャーナル、2017年8月23
[3] Webサイト)首相官邸(2017)「(総理の一日)平成29925日 全日本私立幼稚園PTA連合会全国大会」
https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201709/25pta.html
[4] 「<都私幼P連特別座談会>衆議院議員・下村博文先生を囲み子育ての諸課題と幼稚園教育の今後の展望を語り合う」『(都私幼P連)PTAだより』Vol. 21 No. 1、平成2410月、2-3

2017年12月24日日曜日

生涯学習と社会教育の憂鬱

前川喜平・寺脇研(2017)『これからの日本、これからの教育』(筑摩書房)を読む


 社会教育や生涯学習関係の行政委員を務め、貴重な学びの機会をいただいて感謝している。しかし、異動直後の職員、特に管理職の方に、「社会教育(または生涯学習)は分からなくて・・・」と堂々と挨拶されることは少なくなく、密かに悲しい思いでいる。教員が一時的に教育委員会の事務局の社会教育主事職に就く自治体では、「早く学校に戻りたい」と呟かれる先生もいらっしゃる。
 教育行政においては人材と予算、そして結果的に発言力や機動力は、学校教育のウエイトが圧倒的に大きい。そのため一般行政から教育分野へ、さらに社会教育や地域系に異動となる職員で、左遷や腰掛けの念を抱くことはやむを得ない。学校教育や首長部局の総務課等に移る際は業務に熟知している、または猛勉強中だとアピールしても、社会教育や生涯学習の場合は「サバティカルです」といった態度を示すのが、出世街道を歩む公務員の嗜みなのかも知れない。
 201712月に文部科学省の組織再編案1)が公的に示された。現在の生涯学習政策局は、来年度に新設される「総合教育政策局」に再編され、生涯学習政策局下の社会教育課と青少年教育課は廃止される見込みとなった。つまり、国の教育行政における社会教育は消滅の危機にある。いや、そう言ってはいけない。国の説明では、「人生100年時代への対応」と「学校教育と社会教育との縦割りを克服した横断的総合的ビジョンに基づく教育行政の強化」、そして「より幅広い分野での社会教育の一層の振興」を目的とした組織再編なのだ。
 しかし、これらの説明は言葉こそ丁寧だが、社会教育を扱う地域学習推進課と生涯学習推進課、共生社会学習推進課を鼎立させる時点で、事実上の社会教育行政の解体に他ならない。人材面でも、総合教育政策局の局長下に置かれる「社会教育振興官」は、「社会教育の推進に関する業務を局課を超えて横断的に束ねる者」と説明されるが、社会教育施策の輪郭とプロパーな職員の居場所を一層混沌とさせる。都道府県や市町村でも「社会教育(生涯学習)は分からない」と話す役人を生む土壌となることは(社会教育学研究に関わる私の被害妄想であってほしいが)明らかだ。
 冒頭に挙げた書籍は、いわゆる加計学園問題で時の人となった前・文科省事務次官の前川喜平氏と、前川氏の先輩にあたる元・文部官僚で、「ゆとり教育」で注目を浴びた寺脇研氏の対談集である。新書でソフトな語り口ながら、特区制度等の諸策の謎解き(?)や、政治家や省庁間の息詰まる攻防等、平成年間の文部行政を露わにする優れた歴史資料であると思う。その中で、臨時教育審議会でにわかに打ち出された「生涯学習」の姿が、次のように語られる。

「寺脇:(前略)文部省のなかでも、当初、『生涯学習? ケッ』みたいな反応が多かった。高等教育局とか初等中等教育局が典型ですが、学校教育至上主義が支配的で、生涯学習が打ち出した学習至上主義を理解できる人は、今でもそれほどいないんじゃないかな。」(48頁)
「前川:生涯学習というのは、文部省の開国だったんですよね。臨教審という黒船がやってきて開国させられた(笑)。それで、通産省とも農水省とも労働省とも、‘通商条約‘を結ばざるを得なくなった。」(48頁)

 1980年代当時の臨教審のインパクトと、その下に1988年に新設された生涯学習局(現在の生涯学習政策局)のイメージが伝わってくる。その後の生涯学習政策局は、いわば外来種の生涯学習を扱う生涯学習推進課と、かつての社会教育局を引き継ぐ社会教育課と青少年教育課、また視聴覚教育を扱う情報教育課も併存させ、結果的に外来種の牙を削いだような生涯学習関連施策と、旧来からの社会教育行政の緩衝地帯となっていたと言える。
 それが、2018年度に生まれる総合教育政策局案では社会教育課と青少年課が無くなり、学校協働が重視される地域学習推進課と、生涯学習政策局の男女共同参画学習課と2017年度新設の障害者学習支援推進室、また初等中等教育局の国際教育課を統合させた共生社会学習推進課が生まれる。並列される生涯学習政策課は、専修学校や民間教育事業等の継続教育に限定される見込みだ。
 そして新しい総合教育政策局の目玉は、局長の元に生涯学習政策担当の大臣官房審議官と社会教育振興官が置かれ、「政策ビジョンの形成や教育改革への対応など総合的な政策立案」を行う企画調整課と教育改革担当の参事官が置かれ、「総合的なエビデンスの構築」のための政策調査課が置かれることだ。
 たしかに、生涯学習の理念を実現させる教育改革を行うには、他省庁や民間と積極的に関わる柔軟な枠組みが必要だ。しかし、企画調整課や参事官のもつ権限の強さと自由さがもたらす教育改革に、不安は拭えない。
 いわゆる加計学園問題で明るみに出たように、政治家主導でルール無用の「岩盤規制の緩和」の横行があってはならないが、少なくとも、生涯学習を銘打つ行政に、営利至上の市場原理を持ち込む動きには慎重になる必要がある。
 しかし既に、そうした流れの兆候はあった。例えば、文科省の「生涯学習施策に関する調査研究」2)として、2016年度に「諸外国における客観的根拠に基づく教育政策の推進に関する状況調査」3が、メガバンクのシンクタンクに委託されている。報告書で、調査概要は次のように示されている。

 「我が国で客観的根拠にもとづく教育政策を総合的に推進する体制の構築に向けて、今後の検討に資する情報を提供するため、諸外国の状況を把握し分析を行った。調査対象国は特に先進的な取組みが行われているイギリスとアメリカの2か国とし、文献調査及び実地調査により詳細な把握に努めた。また、それらを踏まえて日本への示唆を検討するにあたり、2名の有識者を対象としてインタビューを実施した。」(1頁)

 この調査は明らかに学校教育が中心で、生涯学習に関しては、23頁の最下部4行の「なお書き」部分に限られるようだ。これまでの生涯学習施策と分野や文脈の異なる研究が2009年度から続く「生涯学習施策に関する調査研究」として委託されること自体が異例であり、調査体制は、シンクタンクの研究員の他、国立教育政策研究所のフェローと、「エビデンスに基づく教育研究会」を主宰する公立小学校教員がアドバイザーである。調査概要にある「有識者」は、海外のエビデンスに基づく教育を研究する元・国立教育政策研究所所員の大学教員と、「根拠に基づく医療」を提唱する医学博士の2名だ。
 実際にこの調査研究は中教審の教育振興基本計画部会(第8期)で、第3期教育振興計画(素案)策定に向けた審議の前座のような形で、「諸外国における客観的根拠に基づく、いわゆるエビデンスに基づく教育政策の推進」を示すものとして、当時の生涯学習政策局長が紹介している4)。生涯学習施策と言うより、エビデンス云々の政策提言の露払いとして活用されたきらいがある。
 生涯学習に関わる施策が、目的に掲げられたとおり学校教育と社会教育との縦割りを克服するものとなってほしい。もちろん、政財界に阿るような規制緩和の錦の御旗となったり、「生涯学習振興やっています」というエビデンスであったりしないことを切に願いたい。文科省の社会教育課の存続は適わぬ願いとなったが、全国の市町村及び都道府県での、地域の社会教育の振興と、文化庁に移管される博物館の、社会教育施設としての機能の強化を、約束していただきたいと思う。

参考文献

1.       Webサイト)文部科学省(2017)「文部科学省の組織再編」
http://www.mext.go.jp/a_menu/other/1399123.htm
2.       Webサイト)文部科学省(2016)「生涯学習施策に関する調査研究」
http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/chousa/index.htm
3.       三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2017)「(平成28年度 生涯学習施策に関する調査研究)諸外国における客観的根拠に基づく教育政策の推進に関する状況調査 報告書」
http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/chousa/__icsFiles/afieldfile/2017/06/02/1386251_001.pdf

4.      Webサイト)文部科学省(2017)教育振興基本計画部会(第8期~)第9回(20161219日)議事録
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo14/gijiroku/1397661.htm