2017年12月30日土曜日

幼児教育無償化政策の闇

1)普光院亜紀(2017)「幼児教育無償化は、待機児童対策に悪影響だ:教育支出の格差が広がる可能性もある」(Webサイト)東洋経済ONLINE20171228http://toyokeizai.net/articles/-/203045

2)葛西大博(2017)「なぜズレる、子育て政策:ますは待機児童解消、多くが望んでいるのに・・・」『毎日新聞』東京夕刊、20171215
https://mainichi.jp/articles/20171215/dde/012/010/003000c を読む


 2017年は、「幼児教育無償化」が政策課題として突如クローズアップされた。これも突然、9月25日に3日後の衆議院解散が表明され、幼児教育無償化が自民党の選挙公約として掲げられた。そして一ヶ月後の総選挙で、自公政権が圧勝したことは記憶に新しい。盤石の基盤を得て飛ぶ鳥を落とす勢いの政権により、12月8日には「2兆円規模の新しい経済政策パッケージ」が閣議決定された。201910月からの消費税増税分と、3,000億円の企業拠出金で賄われる2兆円のうち、8,000億円は幼児教育・保育の無償化に充てられるとのことだ。
 一方、昨年にいわゆる「保育園落ちた」ブログの出現と、これを元に当時の民進党議員が国会で追及して喫緊の政策課題としてようやく日の光が当てられた保育所の待機児童対策の配分見込みは、約3,000億円に止まった。幼児教育無償化対策とほぼ同額の8,000億が「高等教育無償化・軽減」に充てられることから見ても、優先順位の劣位は明らかである。
 早速Twitterでは「♯子育て政策おかしくないですか」というハッシュタグを付けた投稿が盛況となった。一連のツイートの嚆矢は、自民党が圧勝した11月の衆院選後に「無認可保育園は無償化の対象外」という政府方針が示され、選挙公約と「話が違う」として、東京都武蔵野市等での「保活」経験者が立ち上げたグループが、窮余の策として始めた情報発信と署名運動だそうだ[1]。3万人分の署名が集まった成果なのか、既に政府は11月当初の方針を変更し、無認可園も無償化の対象とし、保育士の待遇改善も充実させるとした。
 そうした陳情や各種の調査もふまえた上での子育て政策であるが、幼児教育無償化、つまり幼稚園等の保育料の無料化が最優先される方針は変わらないのはなぜか。その問題点を指摘し注目されるのが、冒頭1)の、「保育園を考える親の会」代表の保育ジャーナリスト、善光院氏による論考である。氏は、2020年度末までに32万人分の「保育の受け皿」を整備するべく待機児童対策が約束されたように一見見えるが、2つの落とし穴があることを指摘する。
 一つは、「リンゴをくださいと言ったのにミカンを渡される」という例えに集約される、待機児童の保護者にとって的外れなことへの疑念である。そもそも「32万人」の算出が不確かで、例えば野村総研は「88.6万人」と試算する[2]。皮相な「待機児童ゼロ」宣言でなく、質が保証された認可施設が求められている。
 同氏は第二に、「施設はつくったけれど、保育士がいない」という落とし穴も指摘する。保育士の待遇、特に給与の安さは一般に知られるようになり、大学で保育者を目指す学生や保護者を不安にさせている様子だ。保育実習を受け入れていただいた園で、アルバイトや職員としてスカウトされる学生も少なくなく、実際に都市部では保育士不足が深刻なようだ。政府は今回、保育士の待遇改善策として、2兆円のうち100億円を、月額3,000円程度の賃上げに充てる方針を示したが、十分な改善ではないことは明らかだ。善光院氏は、厚労省の賃金調査による全産業女子平均額(376万円)に近づけるには、1,378億円の財源を充て、保育士28.7万人の賃金を月額4万円上げる必要があると試算する。これでも年収48万円アップに止まり、男性保育士が増え、きめ細かな保育が求められる今日、全産業平均490万円に比べると見劣りは否めない。
 善光院氏は、政府による幼児教育無償化策は、貧困層を含めた就学前教育の機会の平等を実現させると同時に、次世代の税収を増やし、福祉や治安のコストも低減できる、幼児教育の費用対効果を狙っているのだと指摘する。
 これらの政府の狙いを後押ししたエビデンスの一つは、「ペリー就学前教育(preschool)」プロジェクトである。1960年代のアメリカで、貧困層の子どもに良質な幼児教育を施し、半世紀にわたり比較検討と追跡調査を行うという、今日では倫理的に却下されそうな壮大な社会実験である。文科省の有識者会議(「今後の幼児教育の振興方策に関する研究会」等)や、内閣府の子ども・子育て支援新制度の説明資料でも紹介され、2015年には、アメリカのノーベル賞経済学者のジェームズ・ヘックマン氏(古草秀子翻訳)の『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社)と、気鋭の教育経済学者、中室牧子氏の『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)が刊行され注目を浴びた。両書は、どちらかというと経済的に余裕があり、教育熱心な家庭の指南書として、幼児教育熱をいたずらに煽り立てたかも知れない。それはともかく、善光院氏は経済学者の見解や、既に2013年に幼児教育無償化を行った韓国での課題等をふまえ、ペリー就学前教育の事例は現代の日本の状況に該当せず、幼児教育の一律の無償化により恩恵を受ける中・高所得層が、その余剰を別の教育支出に振り向け、教育支出の格差が広がるのではと鋭く指摘する。
 こうした指摘は、冒頭2)の新聞記事や、先述したSNSの「♯子育て政策おかしくないですか」の夥しい投稿に共通する。もっとも政府は、こうした問題点や指摘は織り込み済みだろう。しかしそれでも幼稚園・保育所の保育料無償化を推し進める政府の狙いをさらに挙げるとすれば、この幼児教育無償化策が、特に中・高所得層と、私立園経営者にアピールできるからではないだろうか。
 もちろん就学前教育は大切だし、無償化の実現は誰もが願う施策である。しかし、増税分の消費税と企業の善意の拠出金をかき集めた財源で、喫緊の待機児童対策より、幼児教育の無償化が最優先される理由の一つに、私立幼稚園の関係団体によるロビー活動が挙げられるだろう。
 例えば、全日本私立幼稚園PTA連合会(全日私幼P)なる組織がある。私学会館内に拠点を置く私立幼稚園の全国組織である全日本私立幼稚園連合会(全日私幼)に事務所を置き、実質的には下部組織にあたる。今年9月25日の午後1時より、1,200人以上の保護者代表を集めて第32回目となる全国大会が開催され、冒頭で安倍首相が「今後、幼児教育の無償化を思い切って加速するなど、若い世代への公的支援の充実にしっかり取り組んで参ります。」[3]と祝辞を述べた。他の来賓も、当時の林文科相の他、中曽根弘文氏、馳浩氏等と大物政治家揃いである。そして午後6時には、くだんの衆議院解散を表明した記者会見があった。その日は、華やかな会場で安倍首相等の祝辞を聞き、夜に衆院解散のニュースも知り、気分が高揚した保護者は少なくなかったのではないか。一方、議員にとっては、衆院選に向けて奔走すべくタイミング(または激務の中で駆けつけたというポーズ)でのP連挨拶は、票田の獲得に他ならないと言えないか。
 もちろん、この全国大会への出席は予め決まっていたであろうが、安倍首相の列席は初めてではない。何よりもP連の役職者は、自民党の新旧の衆議院議員が占めている。2015年度現在で、最高顧問は森喜朗氏で会長は河村建夫氏、副会長は遠藤利明氏と山本順三氏である。関西の情勢は良く分からないが、くだんの森友学園の幼稚園やこども園で安倍首相の夫人が「名誉園長」に就き、教育勅語を暗唱するといった園の保育方針を大物政治家が公然と賛美しても、当初まったく注目されなかったのも、こうした土壌が蔓延していて、あまり違和感なく受け止められたからかも知れない。
 さすがに全日私幼の歴代会長は幼稚園関係者が就いているが、全日私幼と同P連は、2013年の参院選比例区で橋本聖子氏を、2015年の同比例区では山谷えり子氏を統一推薦候補と決めたように、過度に政治的に偏りのある仕組みとなっている。
 一方、東京都私立幼稚園PTA連合会(都私幼P)の大会の来賓は、自民の議員ばかりではない。例年、市ヶ谷の私学会館で全日私幼P連の東京地区協議会大会と共催として開かれ、今年9月の第26回目の大会は、800人を超える保護者代表を集めた。来賓は小池百合子都知事が目玉であり、様々な会派の都議会議員が祝辞を述べている。しかし、この組織は日頃から自民寄りの体質を露わにしており、特にかつての民主党政権への批判は容赦ない。当時からその傾向は顕著であり、例えば2012年のニューズレターは、「自由民主党シャドウキャビネット文部科学大臣」の肩書きの下村博文氏と都私幼P連会長、全日私幼副会長の座談会を掲載している[4]。下村氏は、当時の総合こども園構想を「幼稚園の保育所化」と批判する。こども園の目的が「母親の就労、社会進出をさせる」ことにあり、株式会社の参入を「教育の場にサービス競争が持ち込まれ(中略)不幸になるのは子どもたち」と述べた点は、皮肉にも今日の自民政策に当てはまると言えるが。下村氏はさらに持論を次のように展開する。
 「民主党の子育て政策には母親の就労促進が前提にあるため、家庭で子育てをする専業主婦の価値を意図的に否定している面が見受けられます。しかし、それは基本的に間違っていると私は考えています。(中略)ある女性は「これまでいろいろな仕事をしてきたけれど、子育てほどやりがいがあり、価値があることはなかった。(中略)」その言葉を聞いて、私はやはり、一人の子どもを自らの手で育てることは女性にとって素晴らしい経験なのだと思いました。」
 そして、やや偏った育児観も示されている。
 「今のお母さん方の子育ては孤立していることがとても多く、(中略)そのような“孤育て”環境で育った子どもは、友だち関係が上手にできず、多動やうつになったり、いじめの対象になったりすることが多いようです。」
 母親の子育てが原因で「多動やうつ」、果ては「いじめの対象」になるとは、失言ではないか。また、民主党政権の「子ども手当」や、平成22年度予算での私立幼稚園就園奨励費補助の一部(第四階層)減額への厳しい批判に続き、都私幼P連会長が「あの時はみんな驚きました。ガッカリでしたね。」と述べ、全日私幼副会長は「私たちも困り果て、都議会自民党の先生方にお願いし、緊急避難措置として都に復活予算を計上していただきました。」と発言している。この座談会の見出しには、「私立幼稚園児の母の思いは、預けたいより、自分で育てたい」ともある。誤解を恐れずに言えば、これらの団体は一貫して、「家庭教育と専業主婦を否定し、幼稚園教育を否定して親から幼児を引き離そうとする民主党政権許すまじ!」といった、保育園に子どもを預ける親を見下し、園経営者には「こども園」への移行を気詰まりにさせそうな、扇情的なレッテル貼りをしていないか。
 かくゆう私も、激戦区の都内での「保活」に加え、「保育園落ちた」過去がある。2歳までが対象の保育園は受け入れていただいたが、子どもが3歳児になるにあたり、日程をやり繰りして役所に何度か通ってアドバイスを聞き、各所から証明書等を取り揃え精緻な書類を提出したのに「不可」となった。運良く預かり保育を始めた私立幼稚園にお世話になったが、当時は複数の大学で非常勤講師を掛け持ちしており、文字通りの自転車操業となった。園行事があると預かり保育だけでなく、保育そのものが休みとなったりする。そうした行事やPTA活動は、保育園では多くの「パパ」が参加していたが、幼稚園では平日が中心で「ママ」の集まりであった。
 PTA活動で顰蹙を買うのは辛い。ベルマーク係(丁寧に切り取って小袋に分けるため時間がかかるのだが)や「保護者だより」を作る係、バザー当日の手伝い等に限られる。パート勤めや介護等があるのに、万年要職に就かざるを得ない「専業主婦」のママ友は、口にしないが、不公平感を持ったと思う。さらに役職者は、平日の昼間に開催される市区単位のP連をはじめ、場合によっては、くだんの都や全国のP連の集会にも動員される。会合の出席者は、当日の園での預かり保育が「ただ」になる等のささやかなメリットがあるものの、特に全私幼の大会は会場がニューオータニやオークラ等で、ランチやお茶等のお店や、服装等も気を遣いそうだ。
 園児の保護者だった当時は、特定の政党を応援し、「専業主婦」と「働く母親」の物心両面の対立や分断を煽る団体に、PTA会費の一部が上納されることが、言いたくても言えない疑問だった。今日、改めて都私幼P連のニューズレターを見ると、変わらずきれいなカラー版で、会長も代替わりせず、論調も変わらないように見える。
 繰り返すが、幼児教育の無償化は重要である。PTA活動も重要で、実際に参加して楽しかったし、意義も十分に説明できる。安倍内閣の述べる「幼児教育」とは、喫緊の政策課題である待機児童解消や保育士待遇改善を具体策とする児童福祉としての保育と言うより、なぜか「幼稚園」が中心であるのだが、もとより明治期以来、公的な手当が手薄な中で幼稚園教育に取り組み続けた私学の歴史には、頭を下げるしかない。しかし、既に1990年代に専業主婦世帯数より共働き世帯数が上回り、長時間労働と男性も含めた非正規雇用が常態化し、子どもの貧困や一人親世帯の問題にも警鐘が鳴らされる今日、首相を含む大物自民党議員のバックアップがあるというセレブ感(?)と、幼稚園教育の無償化と補助金確保というツールで私立園に子どもを通わせる中・高所得層の保護者と、園経営者の心をつかみ、誰もが否定し得ない「お母さんの子育てが第一義。特に3歳までの家庭教育が大切。」という価値観をかざす幼稚園関係団体の存在は、未だに闇である。



[1] 田渕紫織、中井なつみ(2017)「幼児教育無償化より待機児童解消:政策動かすSNS」『朝日新聞』、20171127
https://digital.asahi.com/articles/ASKCW62PGKCWUTFL018.html?ref=huffpostjp
[2] 「減少する労働を補うために2020年までにさらに必要な保育の受け皿は88.6万人分」(Webサイト)NRIジャーナル、2017年8月23
[3] Webサイト)首相官邸(2017)「(総理の一日)平成29925日 全日本私立幼稚園PTA連合会全国大会」
https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201709/25pta.html
[4] 「<都私幼P連特別座談会>衆議院議員・下村博文先生を囲み子育ての諸課題と幼稚園教育の今後の展望を語り合う」『(都私幼P連)PTAだより』Vol. 21 No. 1、平成2410月、2-3

2017年12月24日日曜日

生涯学習と社会教育の憂鬱

前川喜平・寺脇研(2017)『これからの日本、これからの教育』(筑摩書房)を読む


 社会教育や生涯学習関係の行政委員を務め、貴重な学びの機会をいただいて感謝している。しかし、異動直後の職員、特に管理職の方に、「社会教育(または生涯学習)は分からなくて・・・」と堂々と挨拶されることは少なくなく、密かに悲しい思いでいる。教員が一時的に教育委員会の事務局の社会教育主事職に就く自治体では、「早く学校に戻りたい」と呟かれる先生もいらっしゃる。
 教育行政においては人材と予算、そして結果的に発言力や機動力は、学校教育のウエイトが圧倒的に大きい。そのため一般行政から教育分野へ、さらに社会教育や地域系に異動となる職員で、左遷や腰掛けの念を抱くことはやむを得ない。学校教育や首長部局の総務課等に移る際は業務に熟知している、または猛勉強中だとアピールしても、社会教育や生涯学習の場合は「サバティカルです」といった態度を示すのが、出世街道を歩む公務員の嗜みなのかも知れない。
 201712月に文部科学省の組織再編案1)が公的に示された。現在の生涯学習政策局は、来年度に新設される「総合教育政策局」に再編され、生涯学習政策局下の社会教育課と青少年教育課は廃止される見込みとなった。つまり、国の教育行政における社会教育は消滅の危機にある。いや、そう言ってはいけない。国の説明では、「人生100年時代への対応」と「学校教育と社会教育との縦割りを克服した横断的総合的ビジョンに基づく教育行政の強化」、そして「より幅広い分野での社会教育の一層の振興」を目的とした組織再編なのだ。
 しかし、これらの説明は言葉こそ丁寧だが、社会教育を扱う地域学習推進課と生涯学習推進課、共生社会学習推進課を鼎立させる時点で、事実上の社会教育行政の解体に他ならない。人材面でも、総合教育政策局の局長下に置かれる「社会教育振興官」は、「社会教育の推進に関する業務を局課を超えて横断的に束ねる者」と説明されるが、社会教育施策の輪郭とプロパーな職員の居場所を一層混沌とさせる。都道府県や市町村でも「社会教育(生涯学習)は分からない」と話す役人を生む土壌となることは(社会教育学研究に関わる私の被害妄想であってほしいが)明らかだ。
 冒頭に挙げた書籍は、いわゆる加計学園問題で時の人となった前・文科省事務次官の前川喜平氏と、前川氏の先輩にあたる元・文部官僚で、「ゆとり教育」で注目を浴びた寺脇研氏の対談集である。新書でソフトな語り口ながら、特区制度等の諸策の謎解き(?)や、政治家や省庁間の息詰まる攻防等、平成年間の文部行政を露わにする優れた歴史資料であると思う。その中で、臨時教育審議会でにわかに打ち出された「生涯学習」の姿が、次のように語られる。

「寺脇:(前略)文部省のなかでも、当初、『生涯学習? ケッ』みたいな反応が多かった。高等教育局とか初等中等教育局が典型ですが、学校教育至上主義が支配的で、生涯学習が打ち出した学習至上主義を理解できる人は、今でもそれほどいないんじゃないかな。」(48頁)
「前川:生涯学習というのは、文部省の開国だったんですよね。臨教審という黒船がやってきて開国させられた(笑)。それで、通産省とも農水省とも労働省とも、‘通商条約‘を結ばざるを得なくなった。」(48頁)

 1980年代当時の臨教審のインパクトと、その下に1988年に新設された生涯学習局(現在の生涯学習政策局)のイメージが伝わってくる。その後の生涯学習政策局は、いわば外来種の生涯学習を扱う生涯学習推進課と、かつての社会教育局を引き継ぐ社会教育課と青少年教育課、また視聴覚教育を扱う情報教育課も併存させ、結果的に外来種の牙を削いだような生涯学習関連施策と、旧来からの社会教育行政の緩衝地帯となっていたと言える。
 それが、2018年度に生まれる総合教育政策局案では社会教育課と青少年課が無くなり、学校協働が重視される地域学習推進課と、生涯学習政策局の男女共同参画学習課と2017年度新設の障害者学習支援推進室、また初等中等教育局の国際教育課を統合させた共生社会学習推進課が生まれる。並列される生涯学習政策課は、専修学校や民間教育事業等の継続教育に限定される見込みだ。
 そして新しい総合教育政策局の目玉は、局長の元に生涯学習政策担当の大臣官房審議官と社会教育振興官が置かれ、「政策ビジョンの形成や教育改革への対応など総合的な政策立案」を行う企画調整課と教育改革担当の参事官が置かれ、「総合的なエビデンスの構築」のための政策調査課が置かれることだ。
 たしかに、生涯学習の理念を実現させる教育改革を行うには、他省庁や民間と積極的に関わる柔軟な枠組みが必要だ。しかし、企画調整課や参事官のもつ権限の強さと自由さがもたらす教育改革に、不安は拭えない。
 いわゆる加計学園問題で明るみに出たように、政治家主導でルール無用の「岩盤規制の緩和」の横行があってはならないが、少なくとも、生涯学習を銘打つ行政に、営利至上の市場原理を持ち込む動きには慎重になる必要がある。
 しかし既に、そうした流れの兆候はあった。例えば、文科省の「生涯学習施策に関する調査研究」2)として、2016年度に「諸外国における客観的根拠に基づく教育政策の推進に関する状況調査」3が、メガバンクのシンクタンクに委託されている。報告書で、調査概要は次のように示されている。

 「我が国で客観的根拠にもとづく教育政策を総合的に推進する体制の構築に向けて、今後の検討に資する情報を提供するため、諸外国の状況を把握し分析を行った。調査対象国は特に先進的な取組みが行われているイギリスとアメリカの2か国とし、文献調査及び実地調査により詳細な把握に努めた。また、それらを踏まえて日本への示唆を検討するにあたり、2名の有識者を対象としてインタビューを実施した。」(1頁)

 この調査は明らかに学校教育が中心で、生涯学習に関しては、23頁の最下部4行の「なお書き」部分に限られるようだ。これまでの生涯学習施策と分野や文脈の異なる研究が2009年度から続く「生涯学習施策に関する調査研究」として委託されること自体が異例であり、調査体制は、シンクタンクの研究員の他、国立教育政策研究所のフェローと、「エビデンスに基づく教育研究会」を主宰する公立小学校教員がアドバイザーである。調査概要にある「有識者」は、海外のエビデンスに基づく教育を研究する元・国立教育政策研究所所員の大学教員と、「根拠に基づく医療」を提唱する医学博士の2名だ。
 実際にこの調査研究は中教審の教育振興基本計画部会(第8期)で、第3期教育振興計画(素案)策定に向けた審議の前座のような形で、「諸外国における客観的根拠に基づく、いわゆるエビデンスに基づく教育政策の推進」を示すものとして、当時の生涯学習政策局長が紹介している4)。生涯学習施策と言うより、エビデンス云々の政策提言の露払いとして活用されたきらいがある。
 生涯学習に関わる施策が、目的に掲げられたとおり学校教育と社会教育との縦割りを克服するものとなってほしい。もちろん、政財界に阿るような規制緩和の錦の御旗となったり、「生涯学習振興やっています」というエビデンスであったりしないことを切に願いたい。文科省の社会教育課の存続は適わぬ願いとなったが、全国の市町村及び都道府県での、地域の社会教育の振興と、文化庁に移管される博物館の、社会教育施設としての機能の強化を、約束していただきたいと思う。

参考文献

1.       Webサイト)文部科学省(2017)「文部科学省の組織再編」
http://www.mext.go.jp/a_menu/other/1399123.htm
2.       Webサイト)文部科学省(2016)「生涯学習施策に関する調査研究」
http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/chousa/index.htm
3.       三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2017)「(平成28年度 生涯学習施策に関する調査研究)諸外国における客観的根拠に基づく教育政策の推進に関する状況調査 報告書」
http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/chousa/__icsFiles/afieldfile/2017/06/02/1386251_001.pdf

4.      Webサイト)文部科学省(2017)教育振興基本計画部会(第8期~)第9回(20161219日)議事録
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo14/gijiroku/1397661.htm

2017年9月30日土曜日

戦争史の憂鬱

西村京太郎(2017)『十五歳の戦争:陸軍幼年学校「最後の生徒」』集英社新書 を読む

 凄まじい戦場の描写が話題の映画「ダンケルク」を見た。画面いっぱいに広がる砂浜に、黒ずんだカーキ色の軍服の兵士の細い隊列が幾十に連なり、ドイツの空軍が撃ちたい放題に掃射する場面。あるいは、ぼろぼろの商船の船底で、下級兵士たちが文字通り息を潜めて満ち潮を待っていて、ドイツ軍の銃撃を受けて銃弾の穴から海水が入り込み、外にも出られず絶体絶命の状況の中で「重さを減らすため誰かを下ろそう」と狂気じみた愚策から、暗闇の中で弱肉強食の個人攻撃を始める場面等々。陸と空、そして海での数日間が、きわめてリアルに描かれていた。自宅に大型TVがあったとしても、映画館で見るべき映画と思う。
 ダンケルクの戦いは、イギリスでは「関ヶ原」のような有名な史実だそうで、映画でも、(一家族の葛藤が描かれるものの)招集に応じた民間船が、大挙して海原に現れる「お約束」の感動的なシーンもある。しかし、映画の主役は下級の陸軍兵(それも複数)であり、訳も分からず逃げまどう兵士の視点からの映像となっている。最高責任を持つ将校(ケネス・ブラナー)が映画の終盤で、戦場の最後を見届けるため一人だけダンケルクに残る、という英雄的な決断をするシーンが白々しく見え、帰還した兵士を迎える車窓ののどかな農村風景や遊ぶ少年たちの描写を含めて、徹底して庶民である一兵士の目線が貫かれている。
 その有名な戦いは一言で言えば「敗走」であり、日本の戦争史では珍しいかも知れない。規模は、たしかに巨大だ。英仏連合軍がドイツ軍に大敗し、フランスの港町、ダンケルクに40万人もの兵士が追い詰められる。ドーバー海峡を挟み故国の岸壁が見える距離なのに、ドイツの空軍やUボート等がたむろしていて、救出用の空軍や軍艦等は十分に出してもらえない。時のチャーチル首相が「救出できるのは3、4万人ほど」と見積もったほど絶望的な状況下で、900ほどとされる民間船の活躍もあり、敗戦から一ヶ月後、作戦開始から一週間ほどで、34万人近くの英兵が帰還した、史上最大の救出・撤退作戦と呼ばれる。
 しかし、この「敗走」こそが「大勝利」とされる。第二次世界大戦開戦直後に、大勢の兵士が帰還できなければ、英仏の戦争継続は困難だったとされる。事実、ドイツはソ連どころでなく、英仏との交戦で手一杯になっていく。何よりも、士気喪失の危機を免れ、むしろ国民団結を訴えるダンケルク・スピリットなるスローガンも生まれている。映画では、数機だけだが精鋭の英空軍のパイロットが、職人技を見せる。隊列を組みドイツの戦闘機を打ち落とすが、「帰還する」までが熟練パイロットの職務のうちで、燃料を残しておく、非常時はパラシュートでの脱出や海上着陸を行う、という手はずになっている。最後、英雄的な働きをしたパイロットが囚われの身となるが、捕まる前に手抜かりなく愛機を破壊する。
 一方、日本では、「死して虜囚の辱を受けず」等のフレーズが残るほど、死を顧みない行為が善しとされた悲しい歴史を持つ。ダンケルクの戦いからわずか4年後に、終戦間際のインドで強行された「インパール作戦」は、もともと過酷な自然環境の中、インド軍や英軍の攻撃を受けながら3ヶ月にわたり行軍が続けられた。悲劇としか言えないのは、雨期も迎え、明らかに形勢不利なのに作戦中止が遅れ、補給(兵站)は計画すらなく、皮肉にも、中止命令が下ってから、多くの兵士が山路を敗走し、飢えと伝染病等で倒れた。総勢8万人以上のうち、戦死者と行方不明者は病死者を含め3万人、戦傷者も3万人に上ったそうだ。ダンケルクと同様の壮大な撤収であるのに、帰還兵が英雄として歓待される見込みはなく、暑く暗い泥濘の山野を彷徨した悲劇は繰り返してはならない。
 TVドラマの「十津川警部」で知られるミステリー作家、西村京太郎氏の自叙伝『十五歳の戦争』では、当時の日本軍は、レーダーや機関銃の時代に「現代戦を桶狭間で戦った」(169頁)という説明が腑に落ちた。奇襲をかけ、少数精鋭の軍が大軍に勝つ、という戦国時代の戦争像が、明治期から太平洋戦争にいたる日本の陸海軍の将校で理想とされた恐れがある。西村によると、「死して・・・」等の戦陣訓(訓示)を掲げ、「現地点を死守せよ」といった観念論を民間人にも徹底させた結果、「戦場の華」とされた歩兵も、2年の訓練のために一人2億円の予算が必要な優秀なパイロットも大量に戦死した。「ひょっとすると、日本人の感性が、現代戦に合わないのではないか」(170頁)という指摘は、言い得て妙である。タイトルそのものが「日本人は戦争に向いていない」と名付けられた第3章は、定年退職を迎える学校教員もすべて戦後生まれとなった今日こそ、子どもを含む多くの人に読んでほしいと思われる。
 さらに大学生には、同書の前半もぜひ読んでほしいと思う。1930年生まれの西村氏は、書名のとおり「15歳」で、東京陸軍幼年学校(東幼)に入学する。何十倍の競争を経た入学者が「星の生徒」と呼ばれた、当時のエリート校である。西村氏は、敗戦のためわずか5ヶ月の「49期生」であったが、陸幼の「エリート意識」を高めさせる教育の問題を指摘している。当初から一般市民を「地方人」と呼び、接触を禁じたらしい。そして、戦況や食糧事情が厳しくなっても米飯食で、優秀な先輩が暢気に陸軍大学校(陸大)進学を目指していたりする等、一般社会から隔離された幹部養成校の様子が描写されている。あの東條英機も卒業生で、インパール作戦を決行した将校と同様に士官学校や陸大を出て、エリート軍人として昇格していく。自分は市井の人と異なるのだという意識を若年層に植え付ける教育のあり方は、ノブレス・オブリージュの精神を養う貴族教育はともかく、庶民家庭の出身が少なくない受験エリートの教育であると考えると、視野の狭さや人権の軽視(当時は人権の法的根拠は無いが)等々の問題が生じることは明らかで、卒業生の社会的地位を考えるときわめて危険である。
 悲劇は繰り返してはならないはずが、NHKのドキュメンタリー「PKO 23年目の告白」では、政治的事情で戦闘地域に赴任し、援助や「作戦中止」等がないままに死者も出た、まさに変わりなく戦争が続いていたことに震撼する。カンボジアでの1993年の文民警察官殺害を丹念に追った記録で、国連ボランティアの中田厚仁さん殺害は大きく報道されたが、この事件は報道が制限されたらしい(だから「23年目の告白」なのだ)。
 文民警察官は、もとは街の警察官である。優秀で志の高い警察官が選抜され、停戦合意のある安全な地帯に赴く制度で、当時の河野洋平氏や国連の明石康氏等が導入を進めた。しかし現地は安全とは名ばかりの紛争地で、さらに日本は派遣が遅れたため、危険地域に配属されてしまう。武器を持たない10名が、さらに二カ所に分かれ、ビニールシートを敷いた粗末な小屋で選挙の監視にあたる。長期にわたる劣悪な環境に関わらず、写真の中の彼らは笑顔で住民に接し、アイロンのきいた白い制服がまぶしい。そうして、オランダの海兵隊隊員が先導し、車列を組んで移動中に、ロケット砲やAKを撃ち込まれ「蜂の巣」状態となる。海兵隊隊員が「軍人の倣い」としてゲリラに応戦したため銃撃が増した等の解釈もできるが、紛争地で起こるべくして起こった事件と言える。ドキュメンタリーでは、当時の地区隊長のインタビューが重く、さらにそれが報道されなかった問題は大きい。その地区隊長が戦闘状態を改善しようと親交を深めた一方、襲撃の首謀者だと疑っているポルポト派のリーダーに会いに行く場面も重かった。二人は再会を果たすものの、彼はやはり軍人。決して散発的なゲリラでなく、軍の戦略として組織的に襲撃されたのだ、ということを匂わせて終わる。
 戦争は決して美談でなく、醜く描かれなくてはならないと思う。それが物語性のある映画であればなおさらだ。この夏は、チェコ映画「ハイドリヒを撃て!」を見た。「死刑執行人もまた死す」(1943年)で知った、ナチスに乗り込まれたプラハの惨劇(エンスラポイド作戦)を描いている。これもダンケルクのように、銃撃(さらに拷問)と死の場面が、きわめてリアルに描写されている。しかし、主人公の軍人(キリアン・マーフィ等)がいわゆるイケメン揃いの上、潜伏期のラブストーリーも描かれ、最期はやはり壮絶だが死への過程が崇高にさえ見え、幼い頃から史実になじんだプラハの人々はともかく、予備知識がないまま視聴すると、戦うことの美しさが強調されないかが懸念される。
 よくあることだが、邦題が残念だ。「ハイドリヒを撃て!:「ナチの野獣」暗殺作戦」と名付けられ、サバイバルゲームのような印象だ。たしかにハイドリヒ暗殺シーンもあるが、映画はその後の人間模様やナチスの執拗さが見せ場である。いずれにしても、私自身が戦争を知らない世代であり、学生用のテキストでは、「戦後」か「敗戦後」と書くかで未だに迷ったりする。しかし、教職課程の学びに避けては通れない時代であり、西村氏のようにご存命の方から、または優れた映像をとおして、当時のことを今のうちに教えていただきたいと思っている。

・・・参考・・・

  • 映画(2017)「ダンケルク」監督:クリストファー・ノーラン、アメリカ、116
  • 映画(2016)「ハイドリヒを撃て!:「ナチの野獣」暗殺作戦」監督・脚本:ショーン・エリス、チェコ・イギリス・フランス、120
  • NHK(BS1スペシャル)「PKO 23年目の告白:75人は海を渡った」2017年8月22日(再放送)

2017年9月6日水曜日

不登校サバイバーにとっての校舎

NHKハートネットTV2017)「行けなかった“学校を撮る木造校舎カメラマン・角皆尚宏」(2017年6月6月放送、9月5日再放送)を視聴する


 少し前、近所の書店で「木造校舎」を謳う写真集が平積みされていた。何かの報道を見た記憶もよぎり、思わず購入した。その撮影者のドキュメンタリーである。
 「ハートネットTV」によると、若干27歳の角皆尚宏氏は、横須賀の小学校時代に不登校になり、以来15年にわたり全国の1,200校を超える木造校舎を撮影して回ったという。木造校舎に通った人は既に少数派であろう。しかしこのニッチな写真集は、行ったことの無い閑散とした地方の学校をなぜだか懐かしく思わせる魅力があり、売れているという。レトロ趣味を狙った「○○大全」というシリーズ本のため、写真集というには写真が小さめで、頁がやや開きにくいのが残念であるが、校舎への愛情が詰まった写真と細かな解説が琴線に触れる。
 氏のライフワークとなった木造校舎の撮影は、小学生時代から不登校だった彼の第二の教場であったのかも知れない。悶々と引きこもる息子を心配した父親が、週末に撮影旅行に連れ出す。なぜ最初から木造校舎を撮影対象としたかは不明だが、学齢期の角皆氏は、廃校となった学校も含め、静かな集落に昔からある木造校舎のたたずまいに感銘を受け、以来、シャッターを切り続けた。そして999校目の撮影後、父親が亡くなる。そして1,000校目は、彼が一人で踏破する。まさに父親の思いが昇華したような、親子の物語でもある。
 たしかに、おそらく父親が願ったように、角皆少年は次第に、校舎の撮影を通して住民に自分から話しかけるほどの成長を見せた。父親は、撮影旅行中に息子も撮り続けた。彼の成長を写真に焼き付けたのだ。一周忌の仏壇に、出来たての写真集を供える氏。遺影の父親から見やすいように写真集の向きを変えてお供えする、繊細な心の持ち主だ。父親の願いはきっと、きちんと伝わっている。
 ドキュメンタリーでは、撮影旅行の訪問先で「おばあちゃん、記念写真を撮っていいですか?」と早口で尋ね、一瞬で断られ、「はい、分かりました。」とあっさり引き下がる場面が微笑ましい。小学校OBとして授業に招かれ、児童に語るが、腕も声も震えていて、今もコミュニケーションが苦手、という風が残る。しかし既に彼は、大人として不登校時代を含めた自分を客観的に見つめ、出版社との交渉もたくみにこなし、木造校舎をすべて撮り終えた後の「ねた」として地方の暮らしの風景を撮っておこう、というたくましさも十分だ。
 ドキュメンタリーでは、小学校時代の養護教諭とのエピソードが響く。一人で泣いていた当時の氏を会議室に呼び、一緒に給食を食べ、他愛の無い会話をしてくれた。先生のアメリカ渡航後も、文通を続けた。高校に進学しなかった時も、「応援しています」と当たり前のように受け止めてくれた。少年の心の支えとなった恩師との、その小学校での再会シーンがある。素敵なマダムである元・養護の先生は、成長した角皆少年に再開し、かつての会議室で泣いている。対する氏は、会議室がこんなに狭かったとは、などとクールに話しているのだが。
 そう、氏にとって、辛くて嫌いだった学校を執拗に撮影する意味は何だろう。番組の紹介文には、「撮影を通して再び「学校」と向き合い、新たな一歩を踏み出そうとする角皆さんの心の軌跡」とある。ドキュメンタリーの中でも、校内の風景を撮る時、そこにいた子どもの様子を考えるという風なことを話していた。氏にとっての撮影は、過ごしていたはずの学校生活の追体験なのかも知れない。それは、学校に行かなかった自分を責め続けた氏にとって必要な時間であり、「卒業」に必要な、結果的に10数年かかった儀式なのだろう。
 かつては反社会的な匂いを感じる「登校拒否」と呼ばれた「不登校」に対し、今日は、社会が格段に優しくなったように思う。それでも、学校に行かないことは、一部の子どもが「死」を意識するほど、重く苦しい体験となっている。学校はそれほどまで、子どもにとって圧倒的な「義務」的存在として、無意識のうちにも刷り込まれているのかも知れない。
 新学期の始まる「9月1日」前後に18歳以下の児童生徒の自殺が急増する、という深刻な統計が注目されている。今年は様々なメディアで「学校に行かなくていいよ」と呼びかけがなされたが、亡くなった子どもが既に数名いるようだ。実のところ、学校に行かない場合、子どもが自分で選べる行き先は少ない。自宅や友人宅、また一部のメディアで呼びかけられたようにフリースクールで過ごせる子どもはまだ良い。しかし、家庭が安全な場所ではない子どもを見過ごしてはいけない。思い立った時に、授業時間であっても親や学校等に秘密で過ごせる図書館や児童館など無い地域は少なくない。ファミレスで長居できる高校生はともかく、小・中学生はお金の問題が大きく、制服姿は目立つ。「学校に行かなくてよい」というメッセージは、時に残酷だ。
 そして、「9月1日」に限らず、長期的に学校に行かない場合はどうなるか。角皆氏は、「カメラマン」として自立した成功例と言える。では、稼げない場合は? それ以前に、学校外をどこで、どのように過ごすのか。「誰もが通っているはずの学校」に通っていない時点で、ひどいディプレッション状態にあるのに? ドキュメンタリーでは、当時の氏が「死にたい」と書き綴ったノートを見せていた。勇気ある公開だと思う。成功した云々の結果をゴールでなく、そうした壮絶なプロセスを理解し、可能な限り何らかの「場所」を確保することは、安易な励ましより大切である。
 ところで、タイプによるが、博物館は穴場だと思う。この件はいつか続きを書きたい。

*参考


2017年9月3日日曜日

教職課程コアカリキュラムをめぐる憂鬱

文部科学省初等中等教育局教職員課(2017)「教職課程認定申請の手引き(教員の免許状授与の所要資格を得させるための大学の課程認定申請の手引き):(平成31年度開設用) [再課程認定]」平成29年7月7日暫定版

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2017/07/11/1388006_1_1.pdf を読む

 
 いつの間にか、前回のブログ更新から1年以上が経った。文部科学省ではいわゆる天下り問題に加え、時の首相の家族が名誉校長に就いた大阪の小学校新設と、首相の友人が経営する私大の獣医学部新設をめぐる説明の付かない過程が明るみに出て、喧噪が続いた。そして、全国の大学教職課程に携わる教員や事務職員には、変化と勉強を迫られた怒濤の1年半だったと思う。
 2015(平成27)年の暮れも押し迫った頃(1221日)、中央教育審議会(中教審)は3つも答申を出し、そのうち教員養成に関する答申1)では2019(平成31)年度より教職課程が一大リニューアルされることが示された。新たに学科や教職課程を立ち上げる大学はともかく、教職課程を置く大学はすべて、2018年(平成30)年度中に「再課程認定」を行うこととなったのだ。
 大学で教職課程を設置する場合、教育職員免許法と同法施行規則等にもとづいたカリキュラムを策定し、前年度中に国の認定を受ける必要がある。具体的には、文科省の教職員課が作成する教職課程申請の手引き(内規)に沿って膨大な書類を作成し、5、6月頃に事前相談に行き、職員から指摘を受けた事項を修正して正式に提出する。教職専属の職員がいるような大学で無い限り、決してそれだけで終わらない。中教審(教員養成部会)課程認定委員会による指摘(だめ出し!)をふまえ、1週間後までの再提出が必要となる。シラバス等に加え、教員の審査が悩ましい。ある科目の「単独担当不可」という判断が下れば、他の教員を加え複数担当とし、最悪の場合は教員を変更する。私事となるが、かつての勤務先で課程認定を行った際、指摘が届くと教職委員会の教員と事務職員で頭を抱え、管理職や指摘を受けた教員に煙たがられながら書類を書き直し、文科省で助言を仰ぐべく授業の合間にタクシーで往復したりした重い思い出が残る。
 再課程認定は、教職課程を既に置く学科が、他の教科・校種の教員免許の課程を置いたり、教育職員免許法が改正されたりした場合に必要となる。今回の再課程認定2)は、2010(平成22)年度より廃止された「総合演習」が2000(平成12)年度が新設される際、その前年度に行われた認定以来となる。しかし、大げさに言えば、戦後の教員養成制度の確立以来の大改革ではないだろうか。「教職課程コアカリキュラム」なる各科目の詳細が示され、これに準拠したシラバスとコアカリキュラム対応表等の作成・提出が必要となったのだ。
 今回の課程認定は、当初恐れられていたフルバージョンではなく、部分的な認定と決まった。小学校の課程では外国語(英語)や「総合学習」の指導法、また特別支援教育に関する科目等、合わせて4科目の新設は必須で、担当者は教員審査も必要である。他の科目は、2017(平成29)年度中の授業科目、また担当者に変更がなければ審査は行われないこととなった。そのため、バージョンアップのような認定となり、事務手続き上は簡素となり良かった。
 しかし、授業の内容面で問題が残る。特に必修科目は、コアカリキュラムで示された「目標」と、「アクティブ・ラーニングの視点等」を取り入れた授業でなければならない。今回の再課程認定を受ける大学は、2017(平成29)年度末までに全科目で新課程に沿ったシラバスと、コアカリキュラム対応表を提出する。科目担当者は、教員審査は行われなくとも、実地調査を受けても問題の無い専門性(活字業績)を整えなければならない。それもようやく再課程認定の手引きが示されたのは、2017(平成29)年の7月である。その中でコアカリキュラムは「(案)」とあり、文科省による7月の説明会でも質問が多く出たと聞く。まさに急ごしらえとなるが、間違いなく国の要請に応えた上で、教職課程担当者の矜持として、学生にとって意義のある授業を組まなければならない。
 「手引き」で示されたコアカリキュラム案は、小学校「外国語」等を除くと90頁から109頁まである。各科目は、①全体目標が示された後、3つ程度の項目でそれぞれ②一般目標と、2、3程度の③到達目標が示されている。例えば、私の担当する「教育に関する社会的、制度的又は経営的事項(学校と地域との連携及び学校安全への対応を含む)」は、教育社会学や教育制度論等の名称で開設されているように、教育社会学をベースとする「社会的」、教育行政学等がベースの「制度的」、実務経験者(元校長等)も多い「経営的」の3分野の担当者が想定されるため、最初の一般目標(1)は3種から選択でき、それぞれ4つの到達目標が揃えられている。そうした配慮は行き届いている。
 しかし、3分野に共通して「(2)学校と地域との連携」、「(3)学校安全への対応」が加えられたことは悩ましい。(2)は、2015(平成27)年の中教審の3つの答申のうち「コミュニティ・スクール」が述べられた答申をふまえた地域連携を内容とする。(3)の学校安全は、教師に必要な学習であることにまったく異論は無い。しかし、特にこの領域で選択科目のない大学の場合、学校安全や地域連携(2017年の改正社会教育法で「地域学校協働活動」が位置付けられた)の分野も網羅する担当者とは、どのような専門なのだろう。誤解を恐れずに言えば、学校安全や地域連携に関する「取り組み事例」を扱い、「アクティブ・ラーニングの視点」を取り入れた授業とすることは自信がある。しかしそのことと、学校安全や地域連携(社会教育)を専門として追求する研究者が数多いる中で、2017(平成29)年度までに何らかの活字業績を揃え、私は学校安全を教えることができます、と胸を張って言えることとは、話が別である。
 さらに疑問を挙げるとすれば、コアカリキュラムの出自である。全科目の全体目標、一般目標、到達目標の3段階で構成するのは、「獣医学教育モデル・コア・カリキュラム」3)に類似するのは明らかである。宮城教育大学学長等を歴任され、国の「教職課程コアカリキュラムの在り方に関する検討会」の座長を務められた横須賀薫氏は、医学部(医師養成)のモデルカリキュラムや工学部等の技術者教育プログラムの認定制度、また東京都教育委員会が作成した小学校教職課程カリキュラムを参考にしたと述べられている4)。他にも全国私立大学教職課程連絡協議会のシンポジウムや雑誌のコラム等で、横須賀氏や文科省の担当者等から同様の話を聞いた。また、「在り方」検討会の委員が医師や薬剤師の他、獣医も・・・と話したのも耳にした。しかし、獣医のカリキュラムがベースだとなぜ明言されないのか。そもそも医師や歯科医師の養成カリキュラムは、科目ごとに細分化されない包括的なものである。ステータスの高い医師、また東京都のカリキュラムが元とすれば反論は無いだろうという判断なのか(実際は獣医養成のカリキュラムがベースであるが)。それこそ、くだんの獣医学部新設をめぐり、獣医養成に精通した文科省の職員が関わったのではとも勘ぐってしまう。
 誤解のないように加えると、獣医養成のカリキュラムにまったく問題はない。むしろ、その慎重な策定過程に学ぶべき点が多い。同カリキュラムの緒言では、全国大学獣医学関係代表者協議会(2004)「獣医学専門教育課程の標準カリキュラム」や国際機関(OIE)による「ミニマム・コンピテンシー案」、そして獣医に就くために重要な「国家試験ガイドライン」をふまえ、ワーキンググループで検討を重ねて51科目を選択したとある。各科目で全体目標と一般目標、到達目標が立てられる構成は教職課程コアカリキュラムと同じであるが、一般目標の数が多く、これだけで15回分の授業が規定される。例えば、解剖学では一般目標、到達目標の順に2058で、生理学では2274である。抽象的な要素が多い(おそらく)教職に近い科目と思われる「獣医倫理・動物福祉学」では、一般目標が11、到達目標が30ある。導入教育(概論的内容)として一般目標の1〜5を行った後、各論的内容の6以降を行う・・・等の但し書きもあり、とにかくこの項目を、この順に学べば完璧だとでも言うような自負さえ感じられる。
 総頁数234に及ぶボリュームのカリキュラムがすごいのは、獣医養成課程を置く国公私立の全16大学の、総数134名の教員が関わっていることである。すべての大学の教員が関わった点で、共通カリキュラムとして諸手を挙げて(混乱はゼロではなかったと拝察されるが)受け入れられたのではないか。
 教職課程は、大学数や免許状の種類が膨大なので、すべての大学の関係者がコアカリキュラム作成に関わることは物理的に不可能だ。それは重々承知だが、学内に中教審委員等がおらず蚊帳の外に置かれた大学では、説明会等で状況を恐る恐る垣間見ることしかできない。それでも新課程に向けて準備あるのみ。学生も自分も納得できる「カリキュラム準拠」を目指したい。

*参考・注

1) 中央教育審議会(2017)「これからの学校教育を担う教員の資質能力の向上について:学び合い、高め合う教員育成コミュニティの構築に向けて(答申)(中教審第184号)」平成271221
2) 文部科学省初等中等教育局教職員課免許係[Webサイト]「教職課程再課程認定申請について」平成29年7月登録
3) 獣医学教育モデル・コア・カリキュラムに関する調査研究委員会(2011)「獣医学教育モデル・コア・カリキュラム(平成23年度版)」平成23329

4) 荒井篤子(2017)「横須賀薫宮城教育大学名誉教授に聞く:「教職課程コアカリキュラム」が目指すもの」『内外教育』2017年9月1日、2-3