2016年1月3日日曜日

行政と地域の協働というタームを考える

社説「孤立社会を超えて:市民と行政の協働築こう」『朝日新聞』2016年1月3日朝刊 を読む


たしかに20151122日に起きた埼玉県深谷市の心中事件の記憶は今でも鮮明だ。40代の女性が高齢の両親を軽乗用車に乗せて利根川に入水。それも途中で車が動かなくなり、3人で晩秋の川の深みへと歩いた。社説で紹介されているように、生き残った娘は殺人等の疑いで逮捕、起訴され、「生活苦や母親の介護の疲れで一緒に死のうと思った」と語ったという。
81歳の母親が10年ほど前に認知症になり、娘は3年前に仕事を辞めて介護に専念する。新聞配達で家計を支えた74歳の父親が病気で働けなくなり、11月2日に娘は生活保護や介護保険の相談のため初めて市役所を訪れたという。社説が強調するとおり、それまで一家は介護保険等の行政サービスを全く利用してこなかったのだ。
社説は、一家が平屋建ての古い借家ながら「静かな住宅街の一角」の出来事である、つまり普通の地域の事件であることを想起させ、「貧しくとも人と人とが支え合う。日々の生活は苦しくても、何とかやっていける」という「希望」は打ち砕かれ、「人のつながりが薄れた今、生活の困窮は、孤立を生み、あきらめをもたらす」状況への憂いを冒頭に記している。
地域の絆とでも呼べるネットワークを前提としたユートピアは夢物語であることは、今日に生きる者は多かれ少なかれ痛感していると思う。社説は、犯罪者となった娘が「ゴミ掃除の当番がきついので」と自治会を抜けたという細かいエピソードも紹介している。地域行政の基礎単位となる自治会の脱会は、地域や行政の情報網から遮断され、ゴミを出す等の暮らしの細事も卑屈になり、近所イコール地域からの孤立を意味することはたしかだ。
いまや全国に蔓延する生活困窮者の孤立問題への取り組みとして、社説は政府の社会保障国民会議が高齢世代中心から「全世代型」への社会保障制度の転換や雇用、低所得者・格差の問題を重視した報告書を3年前に出したこと、また2015年度から生活困窮者自立支援法が施行され行政の相談窓口の一本化が進められていることを紹介しつつ、「支援を行政任せにすることにも限界がある」と述べているのは、残念ながらどうも腑に落ちない。
大阪の豊中市のコミュニティ・ソーシャルワーカー(CSW)の事例紹介は魅力的で、商店街の空き店舗や学校の余裕教室を使って「福祉なんでも相談室」を開設したり、民生委員や地域包括センターと協力して戸別訪問を行ったりして「SOSを出せない人」、「制度の狭間で困っている人」を支援しているそうだ。他にも秋田県藤里町の引きこもり支援にも触れられている。
しかし、社説のラスト2段落は荒業と言えないか。豊中市のような取り組みは行政の機能の補強に過ぎないので、「地域と行政の協働が広がれば、相談が来るのを待っているだけでは漏れてしまう人たちに支援が届くようになるはずだ。(中略)双方の協働を通して孤立を乗り越えられる。(中略)希望も生まれる。」と結ばれている。具体的な施策が必要という文脈で読んでいたのに、ラストで市民と行政の協働という緩いユートピア論が飛び出してきた印象である。
エピソードとして紹介されていたのは、向かいの家の異変を感じながら「ご家族はたいへんだったのでしょうね」と回想する近所の人や、脱会の申し出を受けた自治会、そして「支援に向けて動いていた矢先のことなのでショックです」とコメントする市の行政担当者である。それらの人々は、困窮した家族を支えるために動かなかったとしか読めない。人と人が支え合おうというスローガンはもちろん正論だが、具体的な協働のための道筋がほしい。
もちろん生活困窮者の孤立の問題に目を向けたこの社説は読み応えがあり高く評価するが、地域や市民との協働を述べる前に、メディアには行政サービスの改善を促してほしい。貧困問題が表面化した今日、オンデマンド型の福祉行政の限界は既に随所で指摘されており、行政を生業とする者には仕組みの改善と完全実施が最低限かつ最優先の仕事ではないかと思う。
これは学校行政の問題にも通じる。子どもの貧困や地域格差等が顕在化した今日、オンデマンド型の制度設計から足を洗うとともに、真の地域連携を進めてほしい。実は私は「チーム学校」提言のスクールソーシャルワーカー(SSW)常置は首肯できない。学校が子どもの「評価」が行われる機関である限り、個別のケアは学校から切り離し、専門機関に任せるべきと考えるからだ。教育はデリケートで特殊という理由で外部連携を優先せず、学校内ですべて抱え込もうとするのは、学校教育や「中流」の生活層の教師の文化に馴染まない困窮世帯の子どもには残酷なシステムと言えないか。学童保育でさえ良いイメージを持たない教職員が少なくない今日では、退職教員にSSWの職を充てがうことなく(元ベテラン教師ならではの優れた取り組みをされている例も少なくないが)、「プロ」の福祉職や行政担当者に任せる仕組みが必然ではないか。社会教育・生涯学習行政においても必要課題の把握は必須である。この問題は別に論じたいが、地域連携を述べる自らの襟こそ正したい年頭である。

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