2017年9月6日水曜日

不登校サバイバーにとっての校舎

NHKハートネットTV2017)「行けなかった“学校を撮る木造校舎カメラマン・角皆尚宏」(2017年6月6月放送、9月5日再放送)を視聴する


 少し前、近所の書店で「木造校舎」を謳う写真集が平積みされていた。何かの報道を見た記憶もよぎり、思わず購入した。その撮影者のドキュメンタリーである。
 「ハートネットTV」によると、若干27歳の角皆尚宏氏は、横須賀の小学校時代に不登校になり、以来15年にわたり全国の1,200校を超える木造校舎を撮影して回ったという。木造校舎に通った人は既に少数派であろう。しかしこのニッチな写真集は、行ったことの無い閑散とした地方の学校をなぜだか懐かしく思わせる魅力があり、売れているという。レトロ趣味を狙った「○○大全」というシリーズ本のため、写真集というには写真が小さめで、頁がやや開きにくいのが残念であるが、校舎への愛情が詰まった写真と細かな解説が琴線に触れる。
 氏のライフワークとなった木造校舎の撮影は、小学生時代から不登校だった彼の第二の教場であったのかも知れない。悶々と引きこもる息子を心配した父親が、週末に撮影旅行に連れ出す。なぜ最初から木造校舎を撮影対象としたかは不明だが、学齢期の角皆氏は、廃校となった学校も含め、静かな集落に昔からある木造校舎のたたずまいに感銘を受け、以来、シャッターを切り続けた。そして999校目の撮影後、父親が亡くなる。そして1,000校目は、彼が一人で踏破する。まさに父親の思いが昇華したような、親子の物語でもある。
 たしかに、おそらく父親が願ったように、角皆少年は次第に、校舎の撮影を通して住民に自分から話しかけるほどの成長を見せた。父親は、撮影旅行中に息子も撮り続けた。彼の成長を写真に焼き付けたのだ。一周忌の仏壇に、出来たての写真集を供える氏。遺影の父親から見やすいように写真集の向きを変えてお供えする、繊細な心の持ち主だ。父親の願いはきっと、きちんと伝わっている。
 ドキュメンタリーでは、撮影旅行の訪問先で「おばあちゃん、記念写真を撮っていいですか?」と早口で尋ね、一瞬で断られ、「はい、分かりました。」とあっさり引き下がる場面が微笑ましい。小学校OBとして授業に招かれ、児童に語るが、腕も声も震えていて、今もコミュニケーションが苦手、という風が残る。しかし既に彼は、大人として不登校時代を含めた自分を客観的に見つめ、出版社との交渉もたくみにこなし、木造校舎をすべて撮り終えた後の「ねた」として地方の暮らしの風景を撮っておこう、というたくましさも十分だ。
 ドキュメンタリーでは、小学校時代の養護教諭とのエピソードが響く。一人で泣いていた当時の氏を会議室に呼び、一緒に給食を食べ、他愛の無い会話をしてくれた。先生のアメリカ渡航後も、文通を続けた。高校に進学しなかった時も、「応援しています」と当たり前のように受け止めてくれた。少年の心の支えとなった恩師との、その小学校での再会シーンがある。素敵なマダムである元・養護の先生は、成長した角皆少年に再開し、かつての会議室で泣いている。対する氏は、会議室がこんなに狭かったとは、などとクールに話しているのだが。
 そう、氏にとって、辛くて嫌いだった学校を執拗に撮影する意味は何だろう。番組の紹介文には、「撮影を通して再び「学校」と向き合い、新たな一歩を踏み出そうとする角皆さんの心の軌跡」とある。ドキュメンタリーの中でも、校内の風景を撮る時、そこにいた子どもの様子を考えるという風なことを話していた。氏にとっての撮影は、過ごしていたはずの学校生活の追体験なのかも知れない。それは、学校に行かなかった自分を責め続けた氏にとって必要な時間であり、「卒業」に必要な、結果的に10数年かかった儀式なのだろう。
 かつては反社会的な匂いを感じる「登校拒否」と呼ばれた「不登校」に対し、今日は、社会が格段に優しくなったように思う。それでも、学校に行かないことは、一部の子どもが「死」を意識するほど、重く苦しい体験となっている。学校はそれほどまで、子どもにとって圧倒的な「義務」的存在として、無意識のうちにも刷り込まれているのかも知れない。
 新学期の始まる「9月1日」前後に18歳以下の児童生徒の自殺が急増する、という深刻な統計が注目されている。今年は様々なメディアで「学校に行かなくていいよ」と呼びかけがなされたが、亡くなった子どもが既に数名いるようだ。実のところ、学校に行かない場合、子どもが自分で選べる行き先は少ない。自宅や友人宅、また一部のメディアで呼びかけられたようにフリースクールで過ごせる子どもはまだ良い。しかし、家庭が安全な場所ではない子どもを見過ごしてはいけない。思い立った時に、授業時間であっても親や学校等に秘密で過ごせる図書館や児童館など無い地域は少なくない。ファミレスで長居できる高校生はともかく、小・中学生はお金の問題が大きく、制服姿は目立つ。「学校に行かなくてよい」というメッセージは、時に残酷だ。
 そして、「9月1日」に限らず、長期的に学校に行かない場合はどうなるか。角皆氏は、「カメラマン」として自立した成功例と言える。では、稼げない場合は? それ以前に、学校外をどこで、どのように過ごすのか。「誰もが通っているはずの学校」に通っていない時点で、ひどいディプレッション状態にあるのに? ドキュメンタリーでは、当時の氏が「死にたい」と書き綴ったノートを見せていた。勇気ある公開だと思う。成功した云々の結果をゴールでなく、そうした壮絶なプロセスを理解し、可能な限り何らかの「場所」を確保することは、安易な励ましより大切である。
 ところで、タイプによるが、博物館は穴場だと思う。この件はいつか続きを書きたい。

*参考


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