1)普光院亜紀(2017)「幼児教育無償化は、待機児童対策に悪影響だ:教育支出の格差が広がる可能性もある」(Webサイト)東洋経済ONLINE、2017年12月28日http://toyokeizai.net/articles/-/203045
2)葛西大博(2017)「なぜズレる、子育て政策:ますは待機児童解消、多くが望んでいるのに・・・」『毎日新聞』東京夕刊、2017年12月15日
https://mainichi.jp/articles/20171215/dde/012/010/003000c を読む
2017年は、「幼児教育無償化」が政策課題として突如クローズアップされた。これも突然、9月25日に3日後の衆議院解散が表明され、幼児教育無償化が自民党の選挙公約として掲げられた。そして一ヶ月後の総選挙で、自公政権が圧勝したことは記憶に新しい。盤石の基盤を得て飛ぶ鳥を落とす勢いの政権により、12月8日には「2兆円規模の新しい経済政策パッケージ」が閣議決定された。2019年10月からの消費税増税分と、3,000億円の企業拠出金で賄われる2兆円のうち、8,000億円は幼児教育・保育の無償化に充てられるとのことだ。
一方、昨年にいわゆる「保育園落ちた」ブログの出現と、これを元に当時の民進党議員が国会で追及して喫緊の政策課題としてようやく日の光が当てられた保育所の待機児童対策の配分見込みは、約3,000億円に止まった。幼児教育無償化対策とほぼ同額の8,000億が「高等教育無償化・軽減」に充てられることから見ても、優先順位の劣位は明らかである。
早速Twitterでは「♯子育て政策おかしくないですか」というハッシュタグを付けた投稿が盛況となった。一連のツイートの嚆矢は、自民党が圧勝した11月の衆院選後に「無認可保育園は無償化の対象外」という政府方針が示され、選挙公約と「話が違う」として、東京都武蔵野市等での「保活」経験者が立ち上げたグループが、窮余の策として始めた情報発信と署名運動だそうだ[1]。3万人分の署名が集まった成果なのか、既に政府は11月当初の方針を変更し、無認可園も無償化の対象とし、保育士の待遇改善も充実させるとした。
そうした陳情や各種の調査もふまえた上での子育て政策であるが、幼児教育無償化、つまり幼稚園等の保育料の無料化が最優先される方針は変わらないのはなぜか。その問題点を指摘し注目されるのが、冒頭1)の、「保育園を考える親の会」代表の保育ジャーナリスト、善光院氏による論考である。氏は、2020年度末までに32万人分の「保育の受け皿」を整備するべく待機児童対策が約束されたように一見見えるが、2つの落とし穴があることを指摘する。
一つは、「リンゴをくださいと言ったのにミカンを渡される」という例えに集約される、待機児童の保護者にとって的外れなことへの疑念である。そもそも「32万人」の算出が不確かで、例えば野村総研は「88.6万人」と試算する[2]。皮相な「待機児童ゼロ」宣言でなく、質が保証された認可施設が求められている。
同氏は第二に、「施設はつくったけれど、保育士がいない」という落とし穴も指摘する。保育士の待遇、特に給与の安さは一般に知られるようになり、大学で保育者を目指す学生や保護者を不安にさせている様子だ。保育実習を受け入れていただいた園で、アルバイトや職員としてスカウトされる学生も少なくなく、実際に都市部では保育士不足が深刻なようだ。政府は今回、保育士の待遇改善策として、2兆円のうち100億円を、月額3,000円程度の賃上げに充てる方針を示したが、十分な改善ではないことは明らかだ。善光院氏は、厚労省の賃金調査による全産業女子平均額(376万円)に近づけるには、1,378億円の財源を充て、保育士28.7万人の賃金を月額4万円上げる必要があると試算する。これでも年収48万円アップに止まり、男性保育士が増え、きめ細かな保育が求められる今日、全産業平均490万円に比べると見劣りは否めない。
善光院氏は、政府による幼児教育無償化策は、貧困層を含めた就学前教育の機会の平等を実現させると同時に、次世代の税収を増やし、福祉や治安のコストも低減できる、幼児教育の費用対効果を狙っているのだと指摘する。
これらの政府の狙いを後押ししたエビデンスの一つは、「ペリー就学前教育(preschool)」プロジェクトである。1960年代のアメリカで、貧困層の子どもに良質な幼児教育を施し、半世紀にわたり比較検討と追跡調査を行うという、今日では倫理的に却下されそうな壮大な社会実験である。文科省の有識者会議(「今後の幼児教育の振興方策に関する研究会」等)や、内閣府の子ども・子育て支援新制度の説明資料でも紹介され、2015年には、アメリカのノーベル賞経済学者のジェームズ・ヘックマン氏(古草秀子翻訳)の『幼児教育の経済学』(東洋経済新報社)と、気鋭の教育経済学者、中室牧子氏の『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)が刊行され注目を浴びた。両書は、どちらかというと経済的に余裕があり、教育熱心な家庭の指南書として、幼児教育熱をいたずらに煽り立てたかも知れない。それはともかく、善光院氏は経済学者の見解や、既に2013年に幼児教育無償化を行った韓国での課題等をふまえ、ペリー就学前教育の事例は現代の日本の状況に該当せず、幼児教育の一律の無償化により恩恵を受ける中・高所得層が、その余剰を別の教育支出に振り向け、教育支出の格差が広がるのではと鋭く指摘する。
こうした指摘は、冒頭2)の新聞記事や、先述したSNSの「♯子育て政策おかしくないですか」の夥しい投稿に共通する。もっとも政府は、こうした問題点や指摘は織り込み済みだろう。しかしそれでも幼稚園・保育所の保育料無償化を推し進める政府の狙いをさらに挙げるとすれば、この幼児教育無償化策が、特に中・高所得層と、私立園経営者にアピールできるからではないだろうか。
もちろん就学前教育は大切だし、無償化の実現は誰もが願う施策である。しかし、増税分の消費税と企業の善意の拠出金をかき集めた財源で、喫緊の待機児童対策より、幼児教育の無償化が最優先される理由の一つに、私立幼稚園の関係団体によるロビー活動が挙げられるだろう。
例えば、全日本私立幼稚園PTA連合会(全日私幼P)なる組織がある。私学会館内に拠点を置く私立幼稚園の全国組織である全日本私立幼稚園連合会(全日私幼)に事務所を置き、実質的には下部組織にあたる。今年9月25日の午後1時より、1,200人以上の保護者代表を集めて第32回目となる全国大会が開催され、冒頭で安倍首相が「今後、幼児教育の無償化を思い切って加速するなど、若い世代への公的支援の充実にしっかり取り組んで参ります。」[3]と祝辞を述べた。他の来賓も、当時の林文科相の他、中曽根弘文氏、馳浩氏等と大物政治家揃いである。そして午後6時には、くだんの衆議院解散を表明した記者会見があった。その日は、華やかな会場で安倍首相等の祝辞を聞き、夜に衆院解散のニュースも知り、気分が高揚した保護者は少なくなかったのではないか。一方、議員にとっては、衆院選に向けて奔走すべくタイミング(または激務の中で駆けつけたというポーズ)でのP連挨拶は、票田の獲得に他ならないと言えないか。
もちろん、この全国大会への出席は予め決まっていたであろうが、安倍首相の列席は初めてではない。何よりもP連の役職者は、自民党の新旧の衆議院議員が占めている。2015年度現在で、最高顧問は森喜朗氏で会長は河村建夫氏、副会長は遠藤利明氏と山本順三氏である。関西の情勢は良く分からないが、くだんの森友学園の幼稚園やこども園で安倍首相の夫人が「名誉園長」に就き、教育勅語を暗唱するといった園の保育方針を大物政治家が公然と賛美しても、当初まったく注目されなかったのも、こうした土壌が蔓延していて、あまり違和感なく受け止められたからかも知れない。
さすがに全日私幼の歴代会長は幼稚園関係者が就いているが、全日私幼と同P連は、2013年の参院選比例区で橋本聖子氏を、2015年の同比例区では山谷えり子氏を統一推薦候補と決めたように、過度に政治的に偏りのある仕組みとなっている。
さすがに全日私幼の歴代会長は幼稚園関係者が就いているが、全日私幼と同P連は、2013年の参院選比例区で橋本聖子氏を、2015年の同比例区では山谷えり子氏を統一推薦候補と決めたように、過度に政治的に偏りのある仕組みとなっている。
一方、東京都私立幼稚園PTA連合会(都私幼P)の大会の来賓は、自民の議員ばかりではない。例年、市ヶ谷の私学会館で全日私幼P連の東京地区協議会大会と共催として開かれ、今年9月の第26回目の大会は、800人を超える保護者代表を集めた。来賓は小池百合子都知事が目玉であり、様々な会派の都議会議員が祝辞を述べている。しかし、この組織は日頃から自民寄りの体質を露わにしており、特にかつての民主党政権への批判は容赦ない。当時からその傾向は顕著であり、例えば2012年のニューズレターは、「自由民主党シャドウキャビネット文部科学大臣」の肩書きの下村博文氏と都私幼P連会長、全日私幼副会長の座談会を掲載している[4]。下村氏は、当時の総合こども園構想を「幼稚園の保育所化」と批判する。こども園の目的が「母親の就労、社会進出をさせる」ことにあり、株式会社の参入を「教育の場にサービス競争が持ち込まれ(中略)不幸になるのは子どもたち」と述べた点は、皮肉にも今日の自民政策に当てはまると言えるが。下村氏はさらに持論を次のように展開する。
「民主党の子育て政策には母親の就労促進が前提にあるため、家庭で子育てをする専業主婦の価値を意図的に否定している面が見受けられます。しかし、それは基本的に間違っていると私は考えています。(中略)ある女性は「これまでいろいろな仕事をしてきたけれど、子育てほどやりがいがあり、価値があることはなかった。(中略)」その言葉を聞いて、私はやはり、一人の子どもを自らの手で育てることは女性にとって素晴らしい経験なのだと思いました。」
そして、やや偏った育児観も示されている。
「今のお母さん方の子育ては孤立していることがとても多く、(中略)そのような“孤育て”環境で育った子どもは、友だち関係が上手にできず、多動やうつになったり、いじめの対象になったりすることが多いようです。」
母親の子育てが原因で「多動やうつ」、果ては「いじめの対象」になるとは、失言ではないか。また、民主党政権の「子ども手当」や、平成22年度予算での私立幼稚園就園奨励費補助の一部(第四階層)減額への厳しい批判に続き、都私幼P連会長が「あの時はみんな驚きました。ガッカリでしたね。」と述べ、全日私幼副会長は「私たちも困り果て、都議会自民党の先生方にお願いし、緊急避難措置として都に復活予算を計上していただきました。」と発言している。この座談会の見出しには、「私立幼稚園児の母の思いは、預けたいより、自分で育てたい」ともある。誤解を恐れずに言えば、これらの団体は一貫して、「家庭教育と専業主婦を否定し、幼稚園教育を否定して親から幼児を引き離そうとする民主党政権許すまじ!」といった、保育園に子どもを預ける親を見下し、園経営者には「こども園」への移行を気詰まりにさせそうな、扇情的なレッテル貼りをしていないか。
かくゆう私も、激戦区の都内での「保活」に加え、「保育園落ちた」過去がある。2歳までが対象の保育園は受け入れていただいたが、子どもが3歳児になるにあたり、日程をやり繰りして役所に何度か通ってアドバイスを聞き、各所から証明書等を取り揃え精緻な書類を提出したのに「不可」となった。運良く預かり保育を始めた私立幼稚園にお世話になったが、当時は複数の大学で非常勤講師を掛け持ちしており、文字通りの自転車操業となった。園行事があると預かり保育だけでなく、保育そのものが休みとなったりする。そうした行事やPTA活動は、保育園では多くの「パパ」が参加していたが、幼稚園では平日が中心で「ママ」の集まりであった。
PTA活動で顰蹙を買うのは辛い。ベルマーク係(丁寧に切り取って小袋に分けるため時間がかかるのだが)や「保護者だより」を作る係、バザー当日の手伝い等に限られる。パート勤めや介護等があるのに、万年要職に就かざるを得ない「専業主婦」のママ友は、口にしないが、不公平感を持ったと思う。さらに役職者は、平日の昼間に開催される市区単位のP連をはじめ、場合によっては、くだんの都や全国のP連の集会にも動員される。会合の出席者は、当日の園での預かり保育が「ただ」になる等のささやかなメリットがあるものの、特に全私幼の大会は会場がニューオータニやオークラ等で、ランチやお茶等のお店や、服装等も気を遣いそうだ。
PTA活動で顰蹙を買うのは辛い。ベルマーク係(丁寧に切り取って小袋に分けるため時間がかかるのだが)や「保護者だより」を作る係、バザー当日の手伝い等に限られる。パート勤めや介護等があるのに、万年要職に就かざるを得ない「専業主婦」のママ友は、口にしないが、不公平感を持ったと思う。さらに役職者は、平日の昼間に開催される市区単位のP連をはじめ、場合によっては、くだんの都や全国のP連の集会にも動員される。会合の出席者は、当日の園での預かり保育が「ただ」になる等のささやかなメリットがあるものの、特に全私幼の大会は会場がニューオータニやオークラ等で、ランチやお茶等のお店や、服装等も気を遣いそうだ。
園児の保護者だった当時は、特定の政党を応援し、「専業主婦」と「働く母親」の物心両面の対立や分断を煽る団体に、PTA会費の一部が上納されることが、言いたくても言えない疑問だった。今日、改めて都私幼P連のニューズレターを見ると、変わらずきれいなカラー版で、会長も代替わりせず、論調も変わらないように見える。
繰り返すが、幼児教育の無償化は重要である。PTA活動も重要で、実際に参加して楽しかったし、意義も十分に説明できる。安倍内閣の述べる「幼児教育」とは、喫緊の政策課題である待機児童解消や保育士待遇改善を具体策とする児童福祉としての保育と言うより、なぜか「幼稚園」が中心であるのだが、もとより明治期以来、公的な手当が手薄な中で幼稚園教育に取り組み続けた私学の歴史には、頭を下げるしかない。しかし、既に1990年代に専業主婦世帯数より共働き世帯数が上回り、長時間労働と男性も含めた非正規雇用が常態化し、子どもの貧困や一人親世帯の問題にも警鐘が鳴らされる今日、首相を含む大物自民党議員のバックアップがあるというセレブ感(?)と、幼稚園教育の無償化と補助金確保というツールで私立園に子どもを通わせる中・高所得層の保護者と、園経営者の心をつかみ、誰もが否定し得ない「お母さんの子育てが第一義。特に3歳までの家庭教育が大切。」という価値観をかざす幼稚園関係団体の存在は、未だに闇である。
[1] 田渕紫織、中井なつみ(2017)「幼児教育無償化より待機児童解消:政策動かすSNS」『朝日新聞』、2017年11月27日
https://digital.asahi.com/articles/ASKCW62PGKCWUTFL018.html?ref=huffpostjp
https://digital.asahi.com/articles/ASKCW62PGKCWUTFL018.html?ref=huffpostjp
[2] 「減少する労働を補うために2020年までにさらに必要な保育の受け皿は88.6万人分」(Webサイト)NRIジャーナル、2017年8月23日
[3] (Webサイト)首相官邸(2017)「(総理の一日)平成29年9月25日 全日本私立幼稚園PTA連合会全国大会」
https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201709/25pta.html
https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201709/25pta.html
[4] 「<都私幼P連特別座談会>衆議院議員・下村博文先生を囲み子育ての諸課題と幼稚園教育の今後の展望を語り合う」『(都私幼P連)PTAだより』Vol. 21
No. 1、平成24年10月、2-3頁
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