2017年12月24日日曜日

生涯学習と社会教育の憂鬱

前川喜平・寺脇研(2017)『これからの日本、これからの教育』(筑摩書房)を読む


 社会教育や生涯学習関係の行政委員を務め、貴重な学びの機会をいただいて感謝している。しかし、異動直後の職員、特に管理職の方に、「社会教育(または生涯学習)は分からなくて・・・」と堂々と挨拶されることは少なくなく、密かに悲しい思いでいる。教員が一時的に教育委員会の事務局の社会教育主事職に就く自治体では、「早く学校に戻りたい」と呟かれる先生もいらっしゃる。
 教育行政においては人材と予算、そして結果的に発言力や機動力は、学校教育のウエイトが圧倒的に大きい。そのため一般行政から教育分野へ、さらに社会教育や地域系に異動となる職員で、左遷や腰掛けの念を抱くことはやむを得ない。学校教育や首長部局の総務課等に移る際は業務に熟知している、または猛勉強中だとアピールしても、社会教育や生涯学習の場合は「サバティカルです」といった態度を示すのが、出世街道を歩む公務員の嗜みなのかも知れない。
 201712月に文部科学省の組織再編案1)が公的に示された。現在の生涯学習政策局は、来年度に新設される「総合教育政策局」に再編され、生涯学習政策局下の社会教育課と青少年教育課は廃止される見込みとなった。つまり、国の教育行政における社会教育は消滅の危機にある。いや、そう言ってはいけない。国の説明では、「人生100年時代への対応」と「学校教育と社会教育との縦割りを克服した横断的総合的ビジョンに基づく教育行政の強化」、そして「より幅広い分野での社会教育の一層の振興」を目的とした組織再編なのだ。
 しかし、これらの説明は言葉こそ丁寧だが、社会教育を扱う地域学習推進課と生涯学習推進課、共生社会学習推進課を鼎立させる時点で、事実上の社会教育行政の解体に他ならない。人材面でも、総合教育政策局の局長下に置かれる「社会教育振興官」は、「社会教育の推進に関する業務を局課を超えて横断的に束ねる者」と説明されるが、社会教育施策の輪郭とプロパーな職員の居場所を一層混沌とさせる。都道府県や市町村でも「社会教育(生涯学習)は分からない」と話す役人を生む土壌となることは(社会教育学研究に関わる私の被害妄想であってほしいが)明らかだ。
 冒頭に挙げた書籍は、いわゆる加計学園問題で時の人となった前・文科省事務次官の前川喜平氏と、前川氏の先輩にあたる元・文部官僚で、「ゆとり教育」で注目を浴びた寺脇研氏の対談集である。新書でソフトな語り口ながら、特区制度等の諸策の謎解き(?)や、政治家や省庁間の息詰まる攻防等、平成年間の文部行政を露わにする優れた歴史資料であると思う。その中で、臨時教育審議会でにわかに打ち出された「生涯学習」の姿が、次のように語られる。

「寺脇:(前略)文部省のなかでも、当初、『生涯学習? ケッ』みたいな反応が多かった。高等教育局とか初等中等教育局が典型ですが、学校教育至上主義が支配的で、生涯学習が打ち出した学習至上主義を理解できる人は、今でもそれほどいないんじゃないかな。」(48頁)
「前川:生涯学習というのは、文部省の開国だったんですよね。臨教審という黒船がやってきて開国させられた(笑)。それで、通産省とも農水省とも労働省とも、‘通商条約‘を結ばざるを得なくなった。」(48頁)

 1980年代当時の臨教審のインパクトと、その下に1988年に新設された生涯学習局(現在の生涯学習政策局)のイメージが伝わってくる。その後の生涯学習政策局は、いわば外来種の生涯学習を扱う生涯学習推進課と、かつての社会教育局を引き継ぐ社会教育課と青少年教育課、また視聴覚教育を扱う情報教育課も併存させ、結果的に外来種の牙を削いだような生涯学習関連施策と、旧来からの社会教育行政の緩衝地帯となっていたと言える。
 それが、2018年度に生まれる総合教育政策局案では社会教育課と青少年課が無くなり、学校協働が重視される地域学習推進課と、生涯学習政策局の男女共同参画学習課と2017年度新設の障害者学習支援推進室、また初等中等教育局の国際教育課を統合させた共生社会学習推進課が生まれる。並列される生涯学習政策課は、専修学校や民間教育事業等の継続教育に限定される見込みだ。
 そして新しい総合教育政策局の目玉は、局長の元に生涯学習政策担当の大臣官房審議官と社会教育振興官が置かれ、「政策ビジョンの形成や教育改革への対応など総合的な政策立案」を行う企画調整課と教育改革担当の参事官が置かれ、「総合的なエビデンスの構築」のための政策調査課が置かれることだ。
 たしかに、生涯学習の理念を実現させる教育改革を行うには、他省庁や民間と積極的に関わる柔軟な枠組みが必要だ。しかし、企画調整課や参事官のもつ権限の強さと自由さがもたらす教育改革に、不安は拭えない。
 いわゆる加計学園問題で明るみに出たように、政治家主導でルール無用の「岩盤規制の緩和」の横行があってはならないが、少なくとも、生涯学習を銘打つ行政に、営利至上の市場原理を持ち込む動きには慎重になる必要がある。
 しかし既に、そうした流れの兆候はあった。例えば、文科省の「生涯学習施策に関する調査研究」2)として、2016年度に「諸外国における客観的根拠に基づく教育政策の推進に関する状況調査」3が、メガバンクのシンクタンクに委託されている。報告書で、調査概要は次のように示されている。

 「我が国で客観的根拠にもとづく教育政策を総合的に推進する体制の構築に向けて、今後の検討に資する情報を提供するため、諸外国の状況を把握し分析を行った。調査対象国は特に先進的な取組みが行われているイギリスとアメリカの2か国とし、文献調査及び実地調査により詳細な把握に努めた。また、それらを踏まえて日本への示唆を検討するにあたり、2名の有識者を対象としてインタビューを実施した。」(1頁)

 この調査は明らかに学校教育が中心で、生涯学習に関しては、23頁の最下部4行の「なお書き」部分に限られるようだ。これまでの生涯学習施策と分野や文脈の異なる研究が2009年度から続く「生涯学習施策に関する調査研究」として委託されること自体が異例であり、調査体制は、シンクタンクの研究員の他、国立教育政策研究所のフェローと、「エビデンスに基づく教育研究会」を主宰する公立小学校教員がアドバイザーである。調査概要にある「有識者」は、海外のエビデンスに基づく教育を研究する元・国立教育政策研究所所員の大学教員と、「根拠に基づく医療」を提唱する医学博士の2名だ。
 実際にこの調査研究は中教審の教育振興基本計画部会(第8期)で、第3期教育振興計画(素案)策定に向けた審議の前座のような形で、「諸外国における客観的根拠に基づく、いわゆるエビデンスに基づく教育政策の推進」を示すものとして、当時の生涯学習政策局長が紹介している4)。生涯学習施策と言うより、エビデンス云々の政策提言の露払いとして活用されたきらいがある。
 生涯学習に関わる施策が、目的に掲げられたとおり学校教育と社会教育との縦割りを克服するものとなってほしい。もちろん、政財界に阿るような規制緩和の錦の御旗となったり、「生涯学習振興やっています」というエビデンスであったりしないことを切に願いたい。文科省の社会教育課の存続は適わぬ願いとなったが、全国の市町村及び都道府県での、地域の社会教育の振興と、文化庁に移管される博物館の、社会教育施設としての機能の強化を、約束していただきたいと思う。

参考文献

1.       Webサイト)文部科学省(2017)「文部科学省の組織再編」
http://www.mext.go.jp/a_menu/other/1399123.htm
2.       Webサイト)文部科学省(2016)「生涯学習施策に関する調査研究」
http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/chousa/index.htm
3.       三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2017)「(平成28年度 生涯学習施策に関する調査研究)諸外国における客観的根拠に基づく教育政策の推進に関する状況調査 報告書」
http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/chousa/__icsFiles/afieldfile/2017/06/02/1386251_001.pdf

4.      Webサイト)文部科学省(2017)教育振興基本計画部会(第8期~)第9回(20161219日)議事録
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo14/gijiroku/1397661.htm

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