2020年3月16日月曜日

ベストセラー『ケーキの切れない非行少年たち』を読む

 中央公論新社の主催する「新書大賞」の第1回は福岡伸一氏の『生物と無生物のあいだ』で、国際的な生物学者の著作がお茶の間で愛される一つの契機となった、選考眼?!の確かなアワードである。その第13回となる「新書大賞2020」の栄えある第2位は、精神科医の宮口幸治氏による『ケーキの切れない非行少年たち』であった。それも受賞のはるか前から、近所の複数の本屋で平積みとなっていたベストセラーとなっている。2019年7月20日発行で、私が購入した版は、発刊から1ヶ月も経たないうちの8月10日付けの3刷。少し前に本屋で「40万部突破!」というポップを見かけた。本日の Amazon の新潮新書の「売れ筋ランキング」は1位が同書で、3位がそのKindle版(ちなみに2位は『トラックドライバーにも言わせて』これも気になります(笑))で、いまだに飛ぶ鳥を落とす売れ行きのようだ。
 本書との出会いは、本屋の店頭であった。それこそ平積みで、「売れてます!」みたいなポップが目立った。新書の赤い帯には歪な線が引かれた二つの丸の絵があり、「非行少年が”三等分”したケーキの図」、「すべてがゆがんで見えている」というコピーに引かれた。文体も簡潔で読みやすく、学力問題で知的障害を指摘する書籍は貴重だと思えた(実は発達障害かも、という本は目立つが)。そして、奥付の「3刷」に驚かされ、著者の略歴が(単なる物書きでなく)正統派の医師であり、また一緒にいた、それこそ「少年期」の子どもが、ワイドショーのような番組で見た!と話したことも決め手となり、購入した。
 著者の医師、宮口氏は、現在は立命館大の福祉系学科の教員であるが、臨床経験の豊富な児童精神科医とのことである。本書は、主に医療少年院でのご勤務経験が元となっているそうだ。犯罪を犯したり、その恐れがあったりする非行少年に、非行の「反省以前」の認知の問題がある者が少なくないことが、具体的なエピソードともに紹介されている。帯にあったケーキの図の他、上下左右や図形が原形を留めない模写のテスト結果など、視覚的に「認知の歪み」が伝わってくる。
 端的に言えば、知的なハンディのある非行少年の多くは、認知機能の歪みなどから「そもそも何が悪かったのか」が理解できず、指導者が伝えたいことも伝わっておらず、「悪いことをしても反省できない」のだ。感情統制も弱く、対人スキルも乏しい上、「身体的不器用さ」から学校生活や肉体労働の場で失敗し、自信を失い、責められ、かわかわれたりしてしまう。性犯罪を繰り返す少年は、「イジメ被害」で長年ストレスをため込み、対人認知の歪みから「相手の同意があった」と勘違いし、論理的思考ができずに不可解な物証を残したりする者も少ないないようだ。
 知的ハンディがある子どもは心身とも傷つきやすいのに、学校や職場などでそうした障害に気づかれないために、適切な支援を受けられず、社会に適応できず、虐待やいじめの被害者になり、さらには暴力の加害者や触法少年になってしまった・・・。こうした悲劇に直面した著者は、「反省したら更生できる」、「自己肯定感を高めよう」といった現場で蔓延する非科学的な教育観にまずは警鐘を鳴らすとともに、「コグトレ」と名付けられた「認知機能強化トレーニング」を考案されて矯正施設や学校などでの普及に努められている。たしかに、発達障害に関しては学校関係者のあいだで理解が広がり、支援級や通級指導が充実され、通常の学級での指導方法の tips は既に学習指導要領で詳細な解説が増えたが、昔から確実なニーズがある知的障害のある子どもの指導は、視覚障害や聴覚障害の場合と同様に、特別支援学校や専門職頼みとなっていて、あまり触れられない盲点かもしれない。だからこそ著者は、根性論や対処療法でなく、そもそもの認知の歪みを直し、身体運動、つまり体の大きな動きと手先の器用さの向上の重要性を訴えており、大いに首肯できる。
 そして、曲がりなりにも教員養成に携わる者として、「褒める教育だけでは問題は解決しない」という第6章は、もうすぐ教職に就く学生にも薦めたい。
 現職教員の研修講師も務める著者は、勉強も運動も対人関係も苦手で、問題行動ばかり起こす子どもの長所を何とか見つけて「ほめる」、優しく「話を聞いてあげる」といった一見正しい手法では「その場を繕うにはいいのですが(中略)勉強ができない事実は変わらないのです。」(123頁)と手厳しい。「この子は自尊感情が低い」という「紋切り型フレーズ」に対しても、著者は声(筆?)を荒げる。じゃ、大人は、特に教師などの支援者自身は、自らの自尊感情は高いですね? 低かったら皆が犯罪を犯し、少なくとも社会的不適応になるのですね? といった反証的問いかけもある。著者に従えば、小手先でエモーショナル(エモい!)な自尊感情向上より先に、運動スキルの改善や、「何もできないのにえらく自信をもっている」といった等身大の自分を掴めない問題の解決を、体系的・医療的に支える必要があるのだ。
 そのため著者は、子どもの直接的な支援には、学習と身体(運動)、対人関係を含めた社会の、三つの面があるとし、中でも社会面の支援が必要とする。これも首肯はするが、著者には小・中・高等学校のカリキュラムについて、やや誤解があるのではないかと思っている。
 もちろん子どもの社会面の発達を促す支援は必要であるが、この面に関し、著者は学校現場では系統的な教育が行われていないと考えられ、「全ての学習の基礎となる認知機能への支援」(128頁)が最重要と述べる。しかし、特に日本の教科教育では、系統的な学習指導の中に体験的活動であったり、情緒面の発達が考慮され、ときに共同学習という考え方では、グループや学級全体、つまり集団としての学び方を身に付けていく特質が強い。小学校で2020年度より全面実施される新しい学習指導要領では「社会に開かれた教育課程」や、いわゆる「アクティブ・ラーニング」が盛り込まれている。キャリア教育も、算数や国語の学習活動で基礎的・汎用的能力(いわゆるジェネリック・スキルズ)やキャリア・プランニング能力の伸張を目指す、といった発想である。しかし、著者の求めるレベルに足る、知的障害のある子どもの認知能力を確実に高める専門的指導の必要を考えると、一般の教員による授業内での生兵法的な支援でなく、医師や心理職、福祉職などの高度な専門職との連携と、実質的な「チーム学校」の体制整備こそが最優先ではないか。また教職課程においては、エモい(緩い?)指導スキルの充実より、高度な教科教育ができる教師の養成が重視されるべきではないか。
 インクルーシブ教育の観点から、障害があったり様々な問題を抱えた多くの子どもが通常の学級で学ぶようになり、教職課程でも特別支援教育を当たり前のように学ぶ時代となっている。しかし、小・中・高等学校の教員養成はあくまでも教科が指導できる学習面(「体育」で運動面もあるが!)がメインであり、2019年度から導入された教職課程の新課程では「特別支援教育」が必修科目となったが、それは1単位に過ぎない。黒板が写せない、計算が苦手などの学級単位の指導が困難な子どもの支援の場・機会の保障は不可欠であるが、教師がそうした知識・スキルを身に付け、40人学級の授業を完遂するには限界がある。学校や教師がすべて抱え込まず、学校内外の専門職や専門機関と連携や、少なくともそうした連携を当たり前とする現場の空気の醸成が重要なのではないか。
 そもそも、児童生徒の器質的な障害や犯してしまった問題行動などの詳細を、教師が、ある程度の予備知識として必要としても、すべて把握して教科教育の指導に役立てることは、児童生徒にとって落ち着かないのではないか。授業者や評価者は、そうした医療や心理、福祉の専門職とは名実ともに区切られた方がよいのでは。ハロー効果と言われるとおり←これこそ生兵法(笑)、「問題がある」とされる子どもの授業でのパフォーマンスは高くても、評価が低くなってしまう恐れはないのだろうか。
 いずれにしても第7章の「コグトレ」の紹介はヒント満載で、専門性の高い内容・方法ながら、「一日5分」で、ペットボトルなどを使ってお金をかけずにできる、といったハードルの低さが魅力である。私も早速、著者のトレーニング本を購入し、「最初とポン」などを教職課程の導入授業で紹介したいと企んでいる。
 それにしてもなぜ、同書がベストセラーなのか。私のような教育業界人(?)はともかく、なぜ一般書として爆発的に売れているのか。自分や、我が子に、もしかしたら知的障害や発達障害があるかも、また、そうした子どもに接する教師や教育関係者が手に取っているなら、この上ないことだろう。では、その他の読者は誰か。
 ワイドショーで面白そうだったから、という出会い方も良いと思うが、中高生や学生、また研修用の課題図書となっていたら別の問題が生じないか、懸念がある。「低IQ」や脳機能の損傷のある人は非行を犯しやすいという先入観を持ったり、自分はそうではないが、あの子どもはそうだ、という優越感や選別意識を抱いたり助長したりしまったら、元も子もない。読まれ方は察しようがないが、相模原の障害者施設での凄惨な殺傷事件の裁判員裁判で、被告の死刑判決が確定した今、障害者差別(意識)の根深さを痛感している。

 3月は、コロナウィルスの影響で様々な予定がキャンセルになり、「積ん読」だった本を手に取っている。新書大賞の第3位であった『教育格差』も読んでみたい。こうした賞の第2位と第3位が教育を扱う本であることは喜ばしい。一方で、新書はある程度、読書スキルがあり、それも好き好んで本を購入できる人に向けて書かれている。「ケーキを等分できる自分」や「学歴カーストの下位でない自分」をたしかめるために本が読まれているとしたら哀しい。
 現在、これも曲がりなりにも私が研究対象としている障害者の芸術文化活動や青少年の居場所事業の見方についても、大いに自警・自戒しなければならない。それはそうと、宮口氏には、リクエストとなりますが、非行少年の芸術文化活動についても示唆をいただきたいと思いました。

参考文献


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