教員養成制度や学習指導要領等のキャッチアップ、また大学教務の仕事に追われ、社会教育や博物館学と縁遠くなった。言い訳にもなっていないが、このたびの国会(第201回、2020年1月20日-)で文科省から次の法案が出され、3月17日に衆院の文部科学委員会で付託済みと聞き、浦島太郎状態を痛感する。
「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律案」
ATOK変換で《修飾語の連続》と表示される、舌を噛みそうな名前の法案は、主務大臣である文部科学大臣と国土交通大臣が、文化観光拠点施設を核とした文化観光を推進するための措置ができるようになる目的を持ち、次の提案理由が付される。
「文化及び観光の振興並びに地域社会の活性化を図る上で文化についての理解を深める機会の拡大及びこれによる国内外からの観光旅客の来訪が重要となっていることに鑑み、文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光を推進するため、主務大臣による基本方針の策定並びに拠点計画及び地域計画の認定、当該認定を受けたこれらの計画に基づく事業に対する特別の措置等について定める必要がある。」
文化や観光の振興、さらに地域の活性化は、誰もが大いに首肯する目的である。文科省・文化庁と国交省・観光庁が主務官庁であり、「文化観光」という表現となることも概ね納得できる。
しかし、問題は定義(第2条)以降だ。法案の「概要」が分かりやすいので引用する(アンダーラインはママ)。
「文化観光拠点施設:以下を満たし、地域における文化観光の推進の拠点となるもの
- 文化資源の保存及び活用を行う施設(文化資源保存活用施設※1)のうち、
- 観光旅客が文化についての理解を深めることに資するよう解説・紹介をするとともに、
- 文化観光の推進に関する事業を行う者(文化観光推進事業者※2 )と連携するもの
※1 博物館、美術館、 寺社仏閣等
※2 観光地域づくり法人 (DMO)、観光協会、 旅行会社等 」
※2 観光地域づくり法人 (DMO)、観光協会、 旅行会社等 」
文字通り「文化資源保存活用施設」であり、また日常的に来館者に文化資源の「解説・紹介」を行う博物館は、「文化観光拠点施設」としての第1と第2の条件は自ずから満たしている。それが、第3の条件である観光協会、旅行会社などの「文化観光推進事業者」との連携が必要、というくだりで、急にきな臭くなる。「概要」内の説明図では「文化資源保存活用施設」と「文化観光推進事業者」が、「共同」というキーワードとともに並置されている。
同法が成立した場合のメリットは、文化庁と国土交通省をまたぐ観光振興策が可能となることで、2020年2月7日に同法案が閣議決定された時に、次のように説明されたそうだ*1。
- 文化観光拠点施設の収蔵品の魅力向上、多言語化、学芸員の増員、Wi-Fi・キャッシュレスの整備、広報などへ国が補助する。
- 地域内の交通機関の共通パスを発行する場合などの手続きを簡素化する特別措置が可能になる。
つまり、博物館が、同法における「拠点施設」となってこうした恩恵を受けるためには、観光産業の事業者とペアを組まなくてはならない。
もちろん、国を挙げて博物館や自治体の文化行政にお金が注がれ、地域も潤う手立てとなる法律ならウェルカムである。特に博物館は、日本を代表する国立館や大型の公立館が博物館法上の登録館になれずに相当施設となっていたり、恒常的に予算を回す仕組みが十分でなかったり、学芸員の養成制度や待遇改善も何度か議論されながらそのまま、といった現状がある。2018年は、文化庁が文科省(当時は文部省)の外局となってから半世紀を経て、京都でリスタートした。2019年はICOM(国際博物館会議)の京都大会が開かれ、文化審議会に博物館部会も新設され、文化庁主導の博物館政策への期待が高まる記念すべき年となった。しかしそれなのに、メリットって共通パスの発行ですか?といった肩すかし感は否めない。そもそもこうした法案が、多くの人の目に触れないあいだに無事にとおることを前提に出され、しかも「なんと、博物館を振興する法律ができました! これでミッション・コンプリートですね☆」という流れとなれば、きわめて残念である。具体的には次の4つほど疑問がある。
- 1.博物館等が、「文化観光推進事業者」と称される観光業者等とペアを組むことが、なぜ申請の必要条件なのか。
今回の特別措置案のパイロット事業は、2018・2019年度の文化庁「博物館クラスター形成育成事業」*2 であろう。「博物館を中核とした文化クラスター(文化集積地)創出」を目的とし、「地域の歴史、芸術(中略)等の魅力発信、観光振興、多言語化や開館時間の延長、ユニークベニューの促進など」がメリットとして趣旨に示される。補助対象は、大きくは(1)地域の歴史、地域の有形無形の文化財との連携、地域の人材交流、(2)地域の文化施設等との連携(クラスター形成支援事業) の二つである。
同事業において「観光」のファクターは、(2)の一部であったにすぎない。この事業の実績・検証の結果、細目に過ぎなかった観光振興目的の事業者が、今回の法案で博物館等に並ぶダブル主演(?)に躍り出た、ということだろうか。
- 2.中立性と倫理性を保った認定等を行うための審査体制や第三者機関はあるのか。
法案の第4条4項に、申請の審査を行う際に「主務大臣が計画区域に該当する自治体の意見を聴く」とあるが、外部有識者の委員会等の仕組みはあるか。
文化行政に関しては、2019年の「あいちトリエンナーレ」で、専門委員に諮らず唐突に7,800万円もの補助金を全額不交付とした記憶が生々しい。あり得ない振る舞いであり、政治的判断の矢面に立たされた文化庁職員には気の毒きわまりない。その前年は「未来投資会議構造改革徹底推進会合」なる政府の有識者会議が「リーディング・ミュージアム」構想を打ち出し、「一定の作品は流動化させ、アート市場を活性化させる」、つまり美術館が収蔵品をオークションなどで売却可能と仄めかす暴論が「炎上」した*3。
一方で教育行政においても、2018年12月の中教審答申「人口減少時代の新しい地域づくりに向けた社会教育の振興方策について」←これも噛みそうだ(汗)で、「クラウドファンディング」を活用した資金調達案が示され、これも議論を醸した。”Society 5.0” やインバウンド等々しかり、近未来的な用語が踊る各種の提言で、国や自治体が教育・文化行政に「お金を出さず口を出す」悪弊すら超えて、お金を出すはずなのにお金も梯子も外し、バッシングまで煽るような事態を招くなら、制度の信頼性を高め、少なくとも制度の的確な運用を確約するために、第三者組織の存在は重要である。
もっとも今回の法案の策定にあたり、有識者会議として「文化施設を中心とした文化観光の在り方に関する検討会議」が設置され、2020年1月に検討会議による「まとめ」*4 が出されていたことを、今さらながら知った。たしかに、法案の具体案が示されたまとめであるが、この検討会議自体は2019年11月に招集され、12月までの2ヶ月弱の3回のみの会議で、翌年1月に「まとめ」が出される、いわば出来レースのような拙速さがある。発足時の「検討のための資料」では、参考事例として「国立博物館の改革」と先の「博物館クラスター事業」、それと「日本遺産」、「地域で個別に進展している取り組み」の4つが挙げられた。博物館クラスター事業の事例としては、2018年度の助成事業が紹介されているが、不可解なのは「前橋エリア」だ。「アーツ前橋」は削除されたのか・・・。いずれにしても、国や指定都市レベルの事業がモデルであることは否めない。8名の委員には、ネットを活用した共通パスのシステムを提案できるIT企業や観光会社、かのデービッド・アトキンソン氏も入っている。文化政策学会や博物館の関係者は加わっているが、やはり社会教育関係者はいない。今回の法案に関し、後述するとおり日本博物館協会(日博協)の要望書は出たが、全日本博物館学会や日本社会教育学会から特段のリアクションは無く、唯一、社会教育推進全国協議会(社全協)主催で2020年2月に明大で、公開学習会が開かれたそうである(今日、知りました(汗))。
今回の法案は、博物館倫理も問われないか。1.で挙げた文化クラスター事業の要改善点として、水族館・動物園等からのアプライの少なさが挙げられていた。集客力のある水族館・動物園は、当然その気になれば(!)容易に申請でき、観光で実績を挙げ得るだろう。しかしその場合に、展示資料=生き物の命・性の尊厳の軽視や、乱獲や遺伝子操作等による種の保存への抵触や環境破壊の恐れは無いか。また、公立館の話とは言え、博物館法(第23条)が掲げる入館料無料の原則が守られ得ないことは、経済的な理由で来られない観衆を排除しないか。同様の倫理性への問いは、あらゆる館種に共通すると思われる。
- 3.昨今の博物館の制度改革と、非正規の学芸員の増大をふまえた法案か。観光振興事業にあたる人材と物的環境が担保されているか。
社会教育施設たる博物館は、博物館法に適った登録館こそが真っ当な館であるはずが、指定管理者制度の導入が進み、先述の2018年末の中教審答申で教育委員会から首長部局への移管もOKとされ、同年10月の文科省の組織改編で文化庁に博物館行政の大本が移される、という制度改革の渦中にいる。資料の収集、保管、展示を含めた教育普及事業、調査研究を主とする本来の館活動に加え、確実な成功=経済効果を示す必要がある観光振興の仕事も加わるのは、オーバーキャパシティではないだろうか。
今回の法案の基礎資料として付された「博物館施策の現状と今後の展望について」は「Ⅰ.現状」として、「平成30年度社会教育調査中間報告」を出典として、博物館の数は前回調査(3年前)より増え、「学芸員数も過去最多」と記している。たしかに一見すると人数は増えたが、注目すべきは「専任」の数ではないか。同調査で専任の学芸員数を見ると、登録館では64.3%、類似施設に至っては35.9%に激減している。つまり、登録館の3割、類似施設の6割以上の学芸員は、兼任や非常勤職である。多くの公立館では2020年度より会計年度任用職員制度が導入され、いわゆる「官製ワーキングプア」問題は解消されるのだろうか・・・。また同調査によると、登録館、類似施設ともに、3割前後が指定管理者の運営下にある。
そうした現状をふまえると、国立館や大型館はともかく、地域の中小規模の館に、今回の法案のメリットを享受できるための膨大な書類作成を含む申請手続きや他部局・他分野にわたる情報収集が可能な基礎体力があるかは疑問である。2.で触れた検討会議のまとめⅠ(Ⅳ)では、博物館等の施設のうち「意欲があり、積極的な取組を行う施設」を文化観光拠点施設としてとらえる、という説明があるが、助成事業へのアプライができずに「意欲がない」と見なされてしまう多くの館は、コレクションの購入費が今年もゼロ、のような予算の見通しの立たない館で、学芸員等が非正規雇用ばかりで不安定な勤務形態ではないか。また、指定管理者による運営は、観光政策と親和性が高くなる可能性はあるが、博物館としての専門性は保たれるか、疑問が残る。
- 4.そもそも法律制定のメリットはあるのか。
これも勉強不足かもしれないが、博物館クラスター事業などの既存の仕組みを活用すれば十分と思われるがいかがだろうか。
例えば法案第2条第3項で、「文化観光拠点施設機能強化事業」として「情報通信技術を活用した展示、外国語による情報の提供」など、また「文化資源に関する工芸品、食品」の販売などが列挙されるが、どうもニッチであり、これまで官民様々な取り組みが進められていて今さらお墨付きがいるのか、という疑問がある。
もちろん、ベーシックインカムのように全国の館が人員や資金等の恩恵を享受でき、国や自治体に博物館活動の振興を促すインパクトがあるなら、法律制定の意義は大きい。しかし、博物館政策に関する法律ができたので、これで十分、とされるならば本末転倒と思われる。一部の大型館や、観光業者や広告会社が主導する事業体が、競争的資金を獲得できる、といった仕組みでなく、少なくとも、地域の中小館が営利性と集客力がマストの一過性の販促事業に呑まれることなく、政治的中立性と専門性を確実に担保できる体制は整えていただきたいと思う。
今回の法案に対して、地方創生に取り組む全国町村会等の他、日本博物館協会(日博協)も2020年1月30日付で、早期制定を求める趣旨の要望書を出している。その要望書では、今後の博物館政策の推進と、博物館の基本的機能の充実・発展、また今回の法案に関して中小規模の博物館の実情への配慮と支援策を求めており、大いに賛同できる。「日本の博物館の父」と呼ばれ、日博協の設立の立役者であった棚橋源太郎は、大正期に博物館を「社会教育施設」として位置付け、博物館を教育行政の中で根付かせることにも貢献した。しかし終戦後は、社会教育施設として無理に位置付ける必要も無かった、かえって縛りを与えてしまった、といった趣旨の発言をしていて腑に落ちたことがある。やはり今回の法案には、博物館には経済的効果が十分にあることを各所に広く再認識させる、多大な社会的インパクトに期待したい。今後も、博物館制度そのものの充実をはかる、骨太の見直しと改革を期待したい。
博物館関係の法律ができるなんて滅多に無い慶事であるが、国際的な有事となった新型コロナウィルス感染拡大への対策のため、今法案の説明時に多用された「東京オリンピック・パラリンピック」の開催が危ぶまれている。今こそ新・文化庁には、目先の危機に動じない、百年の計を期待したい。
意欲があれば助成事業の申請は当然、という姿勢も心配される。法制度にも精通した精緻な情報収集と高度で膨大な書類作成、観光関係等への手回しが必要となると、小さい博物館や自治体は蚊帳の外では。こうした実務は、大学での教職課程や科研費、かつての大学GP等でデジャブ感があるような・・・。イギリスで博物館ルネッサンス事業が始められた時、「地域ハブ」となった博物館で、その事業のために雇用されたスタッフが、書類作成と身分の先行きへの不安を述べていたのも忘れられない。
意欲があれば助成事業の申請は当然、という姿勢も心配される。法制度にも精通した精緻な情報収集と高度で膨大な書類作成、観光関係等への手回しが必要となると、小さい博物館や自治体は蚊帳の外では。こうした実務は、大学での教職課程や科研費、かつての大学GP等でデジャブ感があるような・・・。イギリスで博物館ルネッサンス事業が始められた時、「地域ハブ」となった博物館で、その事業のために雇用されたスタッフが、書類作成と身分の先行きへの不安を述べていたのも忘れられない。
2020年のICOMの「国際博物館の日」のテーマは “Museums for Equality: Diversity and Inclusion”*5 である。ぜひ、こうした崇高な理念と、骨太の制度設計を期待したい。ここで改めて、アーツ前橋の所在が気になる。平成30年度の文化クラスター形成事業に採択された「表現によりつながる地域の活力事業」の中核館であり、今回の法案の説明事業でもグッドプラクティスとして紹介されている。生きづらさを感じる人たちにアート(アーティスト)や芸術文化施設が他者とのコミュニケーションのきっかけを提供する、という目的で、引きこもり経験のある若者の自立支援プログラムなどの事業を行い、まさに多様性や社会的包摂を体現したかのようなプロジェクトであった。しかし、東博などのほとんどの事業体が平成31年度も継続して採択されたのに、前橋の事業は採択されておらず、先述の検討会議で用意された資料では、構成団体として群大や前橋市教育委員会等の名前はあっても、「アーツ前橋」は見当たらないが・・・。
くだんの感染症対策のため、大学では入学式やオリエンテーションの大きな変更を余儀なくされ、授業開始も危ぶまれる。そうした波乱含みの新年度を後目に、博物館や社会教育に関する動向は追っていく気概をもちたい。そして、在宅ワークもどき(?)の今、自粛体制が解かれた頃の「文化観光」を楽しみにしている。
*注記
- (国立国会図書館)カレントアウェアネス・ポータルWebサイト「「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進に関する法律案」が閣議決定」(2020年2月12日付)https://current.ndl.go.jp/node/40215
- 文化庁Webサイト「博物館クラスター形成育成事業(博物館を中核とした文化クラスター形成事業)」https://www.bunka.go.jp/seisaku/bijutsukan_hakubutsukan/shien/cluster_keisei/
- 美術手帖Webサイト(編集部)「政府案の「リーディング・ミュージアム(先進美術館)」とは何か? 文化庁「確定事項は何もなく検討中」」(2018年5月21日)https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/15569 に詳しい。
- 文化施設を中心とした文化観光の在り方に関する検討会議「文化観光拠点施設を中核とした地域における文化観光の推進について(まとめ):文化の振興と観光の振興で地域の活性化を図る仕組みづくり」(2020年1月)https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kondankaito/bunkashisetsu/
- ICOM Webサイト「International Museum Day 2020」https://icom.museum/en/activities/events/international-museum-day/
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