2016年4月23日土曜日

小・中学生の「キャリア教育」を考える

ドキュメンタリー「With ... :若き女性美術作家の生涯」(監督:榛葉健、制作:毎日放送、60分、2000年) を見る

 http://with2001.com 

 素敵なドキュメンタリー映画を見大阪芸大出たてでネパールの貧困地区の福祉学校ボランティア教師として飛び込んだ佐野由美さんが駆け抜けた、濃厚な一年間の物語だ。
 行動力と好奇心に溢れ、超高速で絵を描き続け、誰とでも友人になってしまう人間的な魅力もいっぱいの佐野さんその優秀さは、最初はカタコトの単語だけだったのが、二ヶ月後には浪花のべらんめえのようなネパールで子どもたちにまくしたて市場の男性にも一目置かれる存在となった呆れるほどの言語力と適応力十分見て取れる。しかしその舞台は土埃が舞い上下水も完備されず衛生面治安上も問題が多過ぎる上学校に通うこと自体が当たり前でない環境だ。作家として、教師として、そして一人の人間としての奮闘が有機的に絡み合い、児童やその家族、ホームステイ先の家庭をはじめ彼女に関わる人々の暮らしや将来に向けた考え方が明るい方へ、新しいステージへと引き上げられていく様子圧巻だ。まさにスラムので光を放つ聖人を見た思いであるし、教師を目指す学生こそぜひ見てもらいたいと思った。 
 佐野さんは栄養失調の女児を心配し、掃除婦として僅かな日銭を稼ぐしかない母親に私費で購入したビタミン剤を手渡し、母親は佐野さんのことを「命の恩人」と語る。街の中を子どもと歩き回る場面もあったが、子どもたちが笑顔で由美先生の腕にしがみ付いている様子にも、佐野さんが体当たりで子どもや大人に接してきて、絶大な信頼を得てきたことが分かる。 
 その彼女が、美術の授業内容を大きく方向転換したエピソードは、社会に巣立つ子どもに向けて学校教育に何ができるを考える上できわめて示唆的であった。つまり彼女は、厳しい環境で生き抜くことが宿命付けられている子どもたちの卒業後を見据え、いわゆるファインアートで無く、切り絵細工に内容を特化させたのだ。 
 飛行機で乗り合わせた初対面の人でも2、3分で軽快な線で似顔絵を仕上げ、その人となりの描写に野次馬も一緒に盛り上がるほどの画力を持つ佐野さんである。ネパールに赴任した当初は、子どもたちの心が豊かになるようにと絵画を描く授業を行っていたようだ。しかし子どもに日常に触れるにつれ、生活の糧となるような技術を身に付けさせたいと考えるようになり、切り絵にシフトする。 
 売り物になるレベルが求められるので指導はたいへんである。切り絵というヒントを現地の職人から得たというバイタリティ溢れる由美先生は、超絶技巧な鋏技(はさみわざ?)と浪速風の弾丸トークで子どもたちを引っ張っていく鈴なりになった小さな子どもが切っ先が鋭利で細長い鉄製鋏を動かしているのは相当危なっかしく、日本ではあり得ない光景であろうが切り出した取り取りの紙は繊細なレース模様のようで綺麗だ。真剣な表情で張りつめた教室の空間が、色とりどりの作品と子どもたちの満足した笑顔と歓声とでいっぱいになっていく。 
 本当に切り絵で生計を立てる卒業生が出たり、夢話をすれば、その子どものファミリーや、コミュニティのビジネスに発展した成功も生まれるかも知れない。しかし、あの教室に居合わせた子どもは少なくとも、細かな作業をやり遂げたことへの達成感と自信に加え大好きな由美先生の称賛と、鮮やかな作品を手に喜び合った仲間や先生方との瞬間が、その後の甘い訳無い人生を生き抜くための一つの指標となり財産となったのではないだろうか。 
 ちょうど PBS NEWSHOUR でアメリカ・テネシー州の犯罪が頻発する危険な街で、警察も総出で子どもたちの教育環境を守っていく取り組みをレポートしていた。そこでもアートワークは重要な役割を果たしていた。もちろん安全・安心は大前提だが、子どもの育ちにアートが必須の栄養素となり、大人がコミュニティに関わる媒体の役割を果たす 
 由美先生が去った後も、現地の先生によって切り紙作りが受け継がれている学校の様子は、映像で記録されている。「手に職を」という由美先生の思いは、学校と、その子どもたちに確実に力を与えているのだ。まさに社会を生き抜く力を培う姿を教えてもらったように思う。 
 実はもう一つ、タイ発の劇映画の試写の機会に恵まれた。こちらは水上学校が舞台とは言え、タイGHT社制作のおしゃれなフィクションで、先生同士(主人公は日本で言えば「キムタク」や「マツジュン」にあたるタイで大人気のポップシンガーだとか←だから際どいシーンは皆無)のラブストーリーがメインである。 
 だが、はっとさせられるエピソードがあった。都会の学校で、日本で言う(?アクティブ・ラーニングを実践しようとして文字通り島流しとなった水野美紀似の(!)理想に燃える優秀な女性教師が、水上学校の子どもたちに将来就きたい職業を問う。すると、(いやに都会的な)子どもたちが何の屈託も無く、親の職業である「漁師!」と答える。エンジニアや医者という答えや出世欲が無いことにショックを受けた先生は、同僚や、後に主人公が目にすることとなる日記にそのことを愚痴るが、次第に船上での貧しくとも思いやりで溢れた家族生活を大切に考える価値観に共鳴するようになっていく。 
 後任の水上学校教師に就いた主人公に至ってはさらに、成績が悪い以上に将来は漁師になるし、実際に家業を手伝う必要があるしで学校に来なくなった男子児童の家(船だが)に通い、屈強そうで頑な父親を拝み倒し、その児童を学校に来させる代わりとして週末は先生が湖に潜って漁を手伝うという荒業をやってのける。そうして学校に戻った子どもは、体育しか自信の無い「ダメ青年」の主人公の力不足で落第してしまうが、水上学校に返り咲いた女性教師の指導の下で見事、卒業試験に合格するというハッピーな落ちもある。終盤で二人の教師は、偏差値的な物差しではもちろん底辺校であるが、社会に出るための実践的な学力と、嵐で船が大破しても遊び心をもって粘り強く船を修繕していけるような逞しさ、仲間や先生を含めた大人を信頼して協働出来る力、そして将来を明るく楽しいものとして見られる前向きな気持ちを育む水上学校の素晴らしさを、船上で初めて灯された電燈の下で伝え合う残念ながらラブストーリーが本題なので、子どものキャリア教育としてのそれ以上の深入りは野暮であるが・・・。 
 さらにもう一つ、小・中学生のキャリア教育を考えるネタに使える!と思われたのは、天下のNHK「Eテレ」の今年度の新番組、「コレナンデ商会」だ。平日朝、わずか10分であるが、パペットとジェイさんこと川平慈英氏の掛け合いが楽しい、幼児向けの音楽番組である。 
 詳細は忘れてしまったのだが、ジェイさんが「がんばれば何でもできる♪」とサッカーボールを蹴りながら力強く歌って踊るのだが、番組の終盤でパペットのブルブルさん(声はえなりかずき氏)が小さな棒人形の「カエル」をけしかけジェイさんに仲良くするよう促すジェイさんは「できない〜得意なサッカーなら出来るけど・・・」と言う落ちで終わる。 
 そう、これは正しい番組だ。望めば何でもできる、何にでもなれる!という進路指導もどきは、ときに有害であり残酷だ。もちろん夢をもち努力することは必要だが、「一人ひとりの意欲や個性に基づく」という、一見科学的で平等な理論武装をした「やりたいこと」や職業探しは、闇雲な発破掛けや、「結果」を個人の能力や努力の不足に責任転嫁する恐れはないか。 
 教育学者、児美孝一郎氏による、その名も『キャリア教育のウソ』という新書の言葉を借りれば、「夢追い型のフリーター」を量産する「俗流キャリア教育」(82-83頁)には警鐘が鳴らされるべきだろう。そして児美氏が子どもたちに呼びかけるように、基本的な情報が欠落した「未来マップ」に頼らず、キャリアデザインのマインドを磨いて自分なりの「羅針盤」を持つ(181頁)ことが重要と言える。 
 現在、中学校キャリア教育は、「職場体験」を中心に充実した取り組みが見られる。しかし普通科が大半を占める高校への進学率が100%に近い今日、具体的な職種を決めあぐねる中学生の方が当たり前である。小学生であれば尚更である。いたずらに特定の職種を煽る事無く、強靭な「生きる力」を養ってほしいと思う。 
 ところで直近の内閣府調査によると、小学生女子の「将来就きたい職業」の第1位は「パン屋・ケーキ屋(パティシエ含む花屋」(11.4%で、僅差で「幼稚園・保育園の先生(保育士)」と、看護師・介護福祉士」が続く。小学生男子の第1位が「スポーツ選手」で、それも3割以上を占めることに比べると、女子児童の堅実さが浮かび上がる。なお「学校の先生」は小学生女子の第9位であり、男子にいたっては第5位の「大学教授、科学者」、第9位の「会社員」に遠く及ばない「圏外」である。女子にとって「先生」や「保育士」はどのような意味を持つのだろうか。それは明るい未来であればという楽観論を持ちながら、近いうちに「キャリア教育」の授業で、教職を目指す学生と考えてみたいと思う。 

*参考

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