来る2016年度より、障害者差別解消法の施行にもとづく「合理的配慮」が教育の現場にも求められる。特に話題に上らず、整備も進まない印象であるが、「共生社会」の方向へと舵を切り、少なくとも特別支援教育やそのインテグレーションについての議論を進めるための好機となるはずである。しかし、1979(昭和54)年の養護学校の義務制実施の方がインパクトは大きかったと言えよう。学校の発達史として見ると快挙であるが、批判も集めた。例えば、初期の大阪教育大学の特支講座を牽引した猪岡武(1978)は次のように熱く語る。
「学校教育法が昭和22年に制定されて以来、実に32年を経過して、やっと法律の本来の趣旨が具体化されることになったのである。(中略)障害児教育にとっても、またわが国の義務教育全体にとっても(中略)歴史的な事件と言っても過言ではないであろう。」(61頁)
しかし、論文の終章で「行政と教師の立場から考察を試みた」とエクスキューズし、「互いに課題を指摘し合うのみでなく、それぞれの立場で、自らに課せられた問題解決につとめる必要があるであろう。」(69頁)と締め括る。こう述べざるを得なかったのは、当事者による反対運動が激しかったためか。
義務制の完全実施は1971(昭和46)年の中教審答申を受けて特に養護学校が重点整備の対象となり、東京都では1974(昭和49)年度より希望者全員就学が適えられたと言う。しかしそれは国や自治体、全国障害者問題研究会(全障研)等の団体、そして親や教師が「適えたかった」施策かも知れない。
一方、養護学校義務制やその発達保障論に対し厳しく批判(闘争)したのが脳性マヒ者団体の「青い芝の会」であり、その中心人物の詩人、横田弘であった。当時の文部省や神奈川県知事等に公開質問状を送り、「団交」を重ねた。
横田(1974)の言説から、その反対理由を抜粋していく。第一に、障害児が「あたり前の子たちと一緒に学ばせることが根本」であり、「人間として初めての社会参加であり、人間関係の在り方を自らの体内に奪い取るための場」である学校から拒否されること(159頁)。
第二に、養護学校義務化により障害者が地域社会から隔離(抹殺)されること。「障害にあった教育、手厚い保護という名目で障害児をあたたかく教育したとして、そうした温室で受けた教育が、この差別と疎外の溢れている社会に一歩出た場合、何の役に立つであろう」(165頁)という危惧だ。
第三に、養護学校と特殊学級の急増により障害者が分断・隔離され、障害者と健全者(ママ)のコミュニケーションが断たれ、「障害者の言葉が分からない健全者」の意見が絶対的に優先されることの問題性である(174頁)。月1回程度の「交流」では何も生まれず、むしろ健全児に「障害児はかわいそうだ、地域社会の中では生きていけない」という認識を植え付けることとなる。
前述の猪岡(1978)も同様の問題を挙げている。重度・重複障害のある子どもの通学の負担が大きいことについても「決して小さな問題ではない」とし、さらに寄宿舎に入る場合に親と子を引き離してしまう問題を指摘している(64-65頁)。
「健常児の学校」からの障害児の隔離の問題は、1970年代当時の福祉政策に重なる。1968(昭和43)年に都立府中療育センターが出来、同年に宮城まり子さんの「ねむの木学園」(静岡県)が創設される。1971年は国立の「のぞみの園」(群馬県)が開設され、いわゆる大型コロニーが最先端の障害者施策として注目を集めていた頃である。希望しないまま家族と別れ、住み慣れた地域を離れた入所者は少なくなかったであろう。そして養護学校が増え、養護施設が増える過程で「普通」の学校や地域では、障害児者は少なくなっただろう。
重度・重複の子どもの養護学校就学が進むと、平成年間は軽度の障害のある子どもの特殊学級や通級での指導が制度化されていく。平成27年度のデータを見てみると、小学校の特別支援学級の児童数14万弱の半数を占めるのは知的障害のある児童であるが、自閉症・情緒障害の子どもの数が肉迫している。特支小に通う子どもが3万9千人であることからも、支援級の児童数が相当に拡大していること、また「障害」の定義そのものの拡大も見て取れる。
これからの特別支援教育は分離か統合かの白黒と言うより、抽象的な言い方になるが少なくとも当事者自身に選択肢が用意され、地域社会での営みを分断しない場であることが制度上で保障される必要があるだろう。養護学校の勤務経験のある村上美奈子(2003)は1970年代当時の全障研の発達保障論と対峙する篠原睦治の「共生・共育」論、さらに茂木俊彦の統合教育(インテグレーション)批判を丹念に掬い、自らの実践と重ねて統合教育の可能性を論じている。さらに今日は、障害者差別解消法も施行間近であり、物理的な配慮がなされた上でのインテグレーションが望まれる。例えば、特支校の通学や通級指導は保護者(特に母親)の送り迎えが見込まれているが、そうした制度設計の細かな見直しが、社会的障壁そのものを変えることができるだろう。
余談だが、猪岡論文と村上論文の一部を剽窃した論文を見つけ目を疑った。文字通り「コピペ」である。大学院生が執筆して大学紀要に掲載された模様で、既に撤回されていたのは幸いである。私の専門は特別支援教育では無いが、おそらく同様に教育学の主流でない分野に属するからこそ、その分野の社会的評価を下げる犯罪と言える行為に憤りを覚える。制度改革に行き着くための信頼を得るレトリックと青臭い倫理・正義感は大切にしなければ。
*参考
- 猪岡武(1978)「養護学校の義務制について:その経過と課題」『大阪教育大学障害児教育研究紀要』第1号、61-70頁https://ir.lib.osaka-kyoiku.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/3898/1/SY01061.pdf
- 横田弘(2015)『[増補新装版]障害者殺しの思想』現代書館【初出:しののめ発行所、1974年】
- 村上美奈子(2003)「障害児教育批判と養護学校の実際:養護学校のいまとこれからを問う」『東京大学大学院教育学研究科教育学研究室研究室紀要』第29号http://hdl.handle.net/2261/4637
- 政府統計(e-Stat)(文部科学省)「平成27年度 学校基本調査」(引用したデータはすべて2015年12月25日公表)http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011528
- 文部科学省(1992)「第3編第3章第9節 特殊教育の振興」『学制120年史』Web版(登録:平成21年以前)http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1318338.htm
- 国立特別支援教育総合研究所(2011)「[3](2)養護学校の義務制施行後」『特別支援教育の基本的な考え方』Web版(登録:2011年6月14日)http://www.nise.go.jp/cms/13,3289,54,245.html
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