2016年3月12日土曜日

社会教育の位置付け

全国都道府県教育長協議会第2部会(2015)(平成26年度研究報告 No. 2)「学習や社会生活の困難を有する子供・若者に対する社会教育による支援の在り方について」2015年3月 を読む http://www.kyoi-ren.gr.jp/report/H26bukai/h26_nibukai.pdf

直近の『内外教育』によると、教科書会社といわゆるIT業者を主な会員とするデジタル教科書教材協議会(DiTT)のシンポジウムで、文部科学省「『デジタル教科書』の位置付けに関する検討会議」の座長が次のように述べたと言う。
同会議の担当が省内で情報教育を主務とする生涯学習政策局情報教育課で無く、「『検定等でデリケートな教科書制度を担っている』初中局教科書課である」のは、「IT業界の人から見れば(検討の仕方が)慎重過ぎるように見えるかもしれないが、逆に言えばそういう『本丸』の課が担当している、ということが制度改革上、重要」とのこと。
シンポジウムはデジタル教科書をビジネスチャンスと狙う業界関係者が多く、教育工学研究の第一人者である座長のリップサービスの意味合いもあろうと拝察される。それを差し引いたとしても情報教育課、翻って生涯学習政策局は酷い言われようである。法改正等を実現させるには、デリケートな問題を担当する能力も気負いも無い窓際の生涯学習部門で無く、国の本丸である学校教育部局が所管することこそ必至と公言されているのだ。
現実問題として、生涯学習と同様に周辺的な(!ICT施策が実効性を持つためには、初中局の管内に位置付けられることは必定か。学校教育にあらずんば、という力関係が顕著な教育行政において、哀れ生涯学習と言いたくなる。
そもそも生涯学習について世間一般の理解は乏しい。教職課程の学生でも「ユーキャン!」と答え、自治体や大学の生涯学習センターや、公民館での高齢者教室をイメージするようだ。強ち間違いでは無いが、通信教育やカルチャーセンター(それも資格を狙うガチなものから世界遺産のようなハイソな講座、シニア層の「生き生き体操」まで広がる多様さ)、図書館に博物館、更に放課後事業まで、なぜ同じ「生涯学習」という括りなのか、学生にはカオスである。教育原理や教育行政のテキストで、学校以外の領域は良く分からないまま執筆を任された若手研究者がP.ラングランは・・・等と崇高な理念を調べたまま書いたりして、読む者をさらに混乱させるケースも少なくないのではないか。
理念上の生涯学習は、学校教育と社会教育、家庭教育を縦横に包括する、たしかに崇高な概念である。しかし行政上の生涯学習は、戦後以来の社会教育に等しいと言った方が分かり易い。語弊を承知の上での辛い言い切りであるが。
1986(昭和61)年に当時の中曽根内閣の臨時教育審議会第二次答申で産学官を挙げた生涯学習体制の整備が打ち出され、2年後に当時の文部省社会教育局が生涯学習局(現・生涯学習政策局)に再編されたことで、内閣府からやって来た生涯学習社会という「黒船」は、「本丸」の学校教育はスルーして、全国の社会教育行政を生涯学習(振興行政)へと変えていった。
そして今日、国の生涯学習振興行政はどうなっているか。教育白書にあたる『平成26年度文部科学白書』第3章の「生涯学習社会の実現」では、具体的な施策が次のとおり挙げられている(一部抜粋)。
  • 第1節「国民一人一人の生涯を通じた学習の支援」・・・放送大学、大学公開講座、専修学校教育、社会通信教育、民間教育事業者・NPO法人との連携、高等学校卒業程度認定試験、学校外での単位認定・学位授与、地域や大学における人材認証制度、社会人の学び直し(職業教育プログラムの開発)
  • 第2節「現代的・社会的な課題に対応した学習等の推進」・・・少子化対策、高齢社会への対応、人権教育、男女共同参画社会の形成、児童虐待の防止、消費者教育、環境教育、読書活動(学校図書館、地域等)
  • 第3節「社会教育の振興と地域全体で子供を育む環境づくり」・・・社会教育推進体制の強化、地域コミュニティ形成(社会教育施設)、子供の学びを支援する取り組み(学校支援地域本部、放課後子供教室、土曜授業、PTA等団体)
小中高と並ぶ体系的な学校教育に比べ、やはりカオスと言うより他に無い。第一に、教育のメインターゲットである子ども関連の施策は、学校が少しでも扱う事項は一切抜かれている。なぜなら社会教育は「学校の教育課程として行われる教育活動を除き」(社会教育法第2条)組織される教育活動だからだ。第二に、国と地方公共団体は社会教育を奨励し、生涯学習の振興に寄与するために、国民が「自ら文化的教養を高め得るような環境を醸成する」(社会教育法第3条)任務があるとされ、指導で無くあくまでも「奨励」で、環境醸成(促進行政)に止まり、しかもそれらは努力義務という制約がある。家庭や地域住民との連携等の要素も入り、本質的な混沌さを持つ生涯学習こと社会教育は、「チーム学校」論のように学校教育が拡大する気運の中でさらに骨抜きになりそうだ。
しかし、子どもの貧困や文化格差の問題が根深い今日こそ、社会教育の役割はきわめて重要である。例えば昨年夏の『月刊社会教育』は「貧困に立ち向かう子どもの育ち」というタイトルの特集号であった。至学館大学の高橋正教氏が指摘されるように、社会教育は学校教育の中で組織されていない「教育の新領域の存在を提示」する視野と役割を持ち、地域住民の学習要求と地域づくりに応えてきた。障害者や在日外国人等の社会的少数者や貧困層の教育保障の実践の蓄積をもって、社会教育学研究として「教育福祉」が提起されてきた経緯がある。今こそ、この教育福祉論の視座が求められると氏は述べ、私も大いに首肯する。
残念ながら、教育福祉論の理論研究、つまり教育と福祉を結ぶ原理と、社会教育として福祉問題を扱う方法論とコンセンサスは十分に確立されていない。また、民間の創造的な実践が目覚ましい一方で、行政社会教育は現代の子どもの問題に十分に向き合えていない印象もある。この現状をあぶり出したのが、昨年春に公刊された全国都道府県教育長協議会による研究報告である。
同研究は、「困難を有する子供・若者」を対象とした、社会生活を営むための「人とつながる力」の育成を中心とした施策を、都道府県や市区町村の社会教育部局がどのように取り組んでいるか、現状把握と事例収集を行う趣旨である。「困難を有する子供・若者」とは主に次の4種である。

(ア)経済的、地理的条件が不利な子供への支援
(イ)不登校、ひきこもり等の子供・若者及び高校中途退学者への対応
(ウ)障害のある子供・若者に対する支援
(エ)非行・犯罪に陥った子供・若者に対する支援

都道府県では特に(イ)の取り組み数が多く、市区町村では(ウ)と(イ)、また(エ)が多い。今後関わっていく必要性の高い取り組みは、都道府県と市区町村がともに(イ)を多く興味深い。また、子供・若者に対する取り組みは全体的には、回答数47の都道府県のうち3983%)で行われていたものの、市区町村では回答数277のうち14051%)が取り組んでいると回答している。市区町村は半数に過ぎないことも注目される。
さらに注目されるのは、こうした取り組みを行っていない理由である。都道府県、市区町村ともに「他部局が既に取り組んでいる」という回答が多く、理由の記述には以下のものがあった(77頁、119-120頁)。
  • 調査の対象となる事業は、生涯学習課の施策として取り組んでおらず、他の部局(義務教育課、高校教育課、環境生活課)等が取り組んでいる[都道府県]。
  • 青少年に関すること一般については知事部局の青少年課が、児童虐待等の児童擁護に関しては、同じく子ども家庭課が担当している[都道府県]。
  • 困難を有する子供・若者に対する支援は以前は社会教育部局で行っていたが、平成20年度に行われた機構改革により担当事務が分割され、現在は学校教育部局が主管している[市区町村]。
取り組みを行っていない理由は、「ニーズや情報を把握していない」という回答が次に多かったという。記述の代表的なものは以下のとおりである。
  • 学校教育以外での実態やニーズの把握を行っていないため[都道府県]。
  • 町民からの要望等が無いので[市区町村]。
  • 対象事例がほとんど無く、人的リソース(役所、民間ともに)が不足しているため[市区町村]。
また、調査の前提そのものへの疑義も見受けられる。
  • 他部局で取り組んでいる。社会教育課の所管業務ではない[都道府県]。
  • 困難を有する子どもや若者に対して、社会教育部局で支援するという考え方がなかった[市区町村]。
社会教育イコール集合学習という認識からか、以下の回答もあった。
  • 社会的な課題としてはあると思いますが、周りに知られたくないという気持ちもあり、実施した時の子どもたちの参加は難しいと考えるため[市区町村]。
同報告は最後に「今後に向けて」として社会教育部局への提言をまとめている。先進的な事例が多く見出されたものの、全国的な取り組みと、それ以前のニーズの把握と社会教育部局で支援を行う必要性の認識を求める趣旨である。子どもの「人とつながる力」や「社会とつながる力」を身に付けていくための社会教育の視点からのアプローチ、例えば居場所の確保等の間接的な支援や、他の自治体を含めた関係機関のネットワークの構築が挙げられている。
こうした提言は、まさに黒船効果が期待出来るように思う。学校教育や福祉行政への不要な遠慮や、社会教育主事等の人的資源不足と管轄する場の縮減により、社会教育は本領を発揮できていないのかも知れない。自虐的に言えば、混沌さを生かした柔軟性をもって、教育と福祉の領域を跨ぐ実効性のある(と言っても間接的支援中心で見え辛いが)事業を展開してほしいと願う。このブログも教育環境醸成の願いをもって名付けたつもりである。

*参考文献

  • 渡辺敦司(2016)「『デジタル教科書』は教材扱い」『内外教育』2016年3月8日、6頁
  • 高橋正教(2015)「教育福祉の視座としての社会教育」『月刊社会教育』2015年8月号、4-10

0 件のコメント:

コメントを投稿