2016年3月28日月曜日

小学生の放課後の学習支援をめぐって

 城丸章夫(1977)『地域子ども会:つくり方と指導』草土文化 を読み返す


保育園の待機児童対策への突き上げが喧しい。本日公表された厚労省調査でも昨年10月時点の待機児童数は4万5千人に登り、社会的に問題視されながらなおかつ増加傾向にあることが示された。自治体による調査については、育休退園や認可外通園をカウントしない等の問題が噴出している。同様に、「小一の壁」と呼ばれるほど深刻な小学生の放課後にもぜひ注目してほしい。放課後は、有りとあらゆる教育環境をめぐる問題が凝縮される小宇宙とさえ思える。
小学生対象の放課後事業については文科省が管轄する生涯学習振興を目的とした「放課後子ども教室」をメインで考えたいが、厚労省が行う「保育に欠ける子ども」を対象とした学童保育(正式には「放課後児童クラブ」)と合わせて放課後事業と呼ぶこととする。国は2014年に「放課後子ども総合プラン」を策定して全児童対策を謳い、「放課後子ども教室」と学童保育との一体型、または連携型としての再整備を市町村に推奨している。一体型の先行事例には東京都世田谷区の「新BOP」や神奈川県横浜市の「はまっ子ふれあいスクール(放課後キッズクラブ)」等があるが、保育の質の担保や民営化問題等で王道は無い。2015年は子ども・子育て支援新制度の導入や、改正児童福祉法施行による学童の対象が6年生までの拡大等と、大きな行政改革が迫られるこの頃である。
学童保育(放課後児童クラブ)に関する直近の厚労省調査によると、全国で2万2千6百カ所(支援単位は2万6千5百)ある学童保育の登録児童数は約102万5千人で前年比約8万8千人増。待機児童数は1万6千9百人で、前年より7千人近く増えた。それらは小学校内(余裕教室や敷地内)に全体の半数以上にあたる1万2千カ所が開設され、そのうち同一の小学校内で「放課後子ども教室」(プログラム)を実施する数は、3割に当たる3千6百カ所に及ぶ。一体型で無くとも、学童と何らかの連携をする「教室」は確実に増えている。
本題に戻ると、一連の行政改革の過程で放課後事業の学習の機能がクローズアップされたことが注目される。「放課後子ども教室」の前身である「地域子ども教室」事業は、「地域の大人の協力を得て、学校等を活用し、緊急かつ計画的に子どもたちの活動拠点(居場所)を確保し、放課後や週末における様々な体験活動や地域住民との交流活動等を支援する」趣旨であった。2007年度の「放課後子ども教室」への改編時に、学校の余裕教室等の活用が強調されるとともに、「地域の大人の協力を得て」というフレーズは大幅にトーンダウンされ、文書上は体験活動を差し置いて学習支援が筆頭に躍り出るようになった。
学童保育を知る人には、子どもが長机に鈴なりになって勉強しているのは見慣れた風景ではないだろうか。登室直後や帰宅前の1時間程度を勉強の時間とし、その時間は静かに宿題や読書等をしている。大げさでなく静謐な一時とでも形容できる学童もあり、そうした環境はぜひ大切にしてほしいと思う。
それに実は子どもは勉強が好きだったりする。嫌々宿題をこなす体験を思い出す大人は(私を含めて)少なくないが、数年前に関わったアンケート調査で「放課後にしたいこと」を小学生に尋ねたところ、特に1年生の多くが「勉強」と回答し驚かされた。たしかに先生方が宿題用に用意したプリントや、民間の通信教材は良く練られていて、見るからに楽しそうだ。「公文」に通う子どもが競うように教材に没頭していることもある。残念ながら高学年になると勉強イコール遊びという感覚は減り、子どもが騒いでしまう学童もあるようだが、勉強のための小一時間は、放課後の活動には重要と言える。
しかし、放課後子ども教室の場合、勉強時間の設定にブレーキがかかることもある。体験活動が趣旨であるとして、あえて学習活動を行わない地域もある。こうした「教室」では、子どもたちが高齢者と折り紙をしたりしている部屋の隅の机で、ひたすら机に向かう子どもを見かけることもある。その子どもたちは、教室として行うプログラムに不参加という後ろめたい存在なのだ。
また、特に学校内に開設される「教室」では、教育の権化であるはずの学校側が勉強の時間に横槍を入れるケースもある。計算方法等、学校の授業とは異なる癖を身に付けてほしくないといった理由だ。「近所のおじさん、おばさん」のやり方でも、塾で教わるような効率の良過ぎるやり方でも「癖」とされてしまうのであろう。黙々と宿題をやるくらいは目くじらを立てないでほしいが・・・。
一方で、地域によっては勉強を積極的に位置付け始めている。国が推奨する学習支援もこの文脈であり、いわゆる学力向上のための補助学習である。この場合、安全管理員の「近所のおじさん、おばさん」に宿題はともかく、「四谷大塚の予習シリーズ」レベルの対応や外国人児童等の指導をお願いするのは難しいため、退職教員や大学生が事業の担い手として浮上することになる。しかし当然ながら、そうしたボランティアの確保は容易ではない。(経済的に厳しくてアルバイトに追われる学生は少なくなく、有償であっても薄給で、学生の善意や就活(履歴書に活動実績が書けるので)を期待する公的ボランティアの推奨は罪深いと思う。この問題は別途また。)
放課後の勉強をめぐる問題は、公的な学校と、草の根の学校外教育の葛藤とも言える根深い歴史を持つ。1970年代当時盛んであった地域の子ども会における「勉強」について、体育教育や集団学習を専門とした千葉大学(名誉)教授の城丸章夫(1977)は、成功した子ども会は、勉強、それも学校の予習・復習をしている(47頁)と述べていたことを強く思い出す。
当時から、子ども会等の学校外の組織は勉強をしてはならないと信じている大人が、教師にも少なくなかったと言う。あえて子ども組織で勉強をしないと、当時流行り始めた塾に子どもを取られるという消極的な理由もあったようだが、勉強が必要な理由について城丸は、第一に、学校や家庭とは異なる勉強の仕方を学ぶことを挙げた。例えば上級生が下級生に、出来る子が出来ない子に教える「小先生」型の学習方法がある。逆に下級生が騒ぐ上級生を監督し、「学校ごっこ」のように大真面目な勉強の空間を作ることもある。いずれも子どもが楽しい勉強の時間づくりを工夫しており、その取り組みが子ども会では重要と言う。
第二に、学校や家庭では出来ない勉強をする意義がある(48頁)。当時の同和教育運動では、未解放部落の歴史を子ども会で学び、生活について語り合う勉強をしたと言う。また村の植物について図鑑や博物館を作ったり、新聞記事を集めてベトナム戦争について討論したりした子ども会もあったそうだ。
城丸は、子ども会の「生活臭さ」をモットーとした。学校は公的機関であるが、「公的」の本旨は「住民共同の」であったはずである。しかし、既に学校は「行政的」、「役人風」になり、社会や家庭の動きから一定の距離を置いている。学校は、社会の荒波から子どもを守るという名目で社会の動きを隠した「温室」になってしまった(49頁)。なので、同じ温室性でも、子どもの選択の自由を保障するための学校であってほしいし、特に子ども会は、選択のための思考の根拠と見通しを子どもに与える組織であってほしいと城丸は願うのである。
学校で学ぶことと地域で学ぶことの相関を大切に考えた城丸は、だからこそ学校内に子ども会が組織される傾向に警告を与えた。当時は教員組織や住民による「運動」が盛んな時代で、学校に不満を述べるための運動拠点を学校に置くことを城丸は諌めている。しかし、あえて学校外の組織を校内に置くことの意義も認めている。地域の活動を白眼視する学校の管理職を恐れてはならない、組織の指導者は挨拶に行くくらいの気構えがほしい(52頁)と語られるところに時代性を感じるが、学校文化と学校外の教育運動の邂逅を促す視点は、今日にも大きな示唆を与える。単に場所が無い、または校区内の連携のために必要にかられてという消極的な理由が出発点かもしれないが、子どもの教育環境を豊かにするための仕掛けとして、校内の設置は1970年代も、そして今も効果的に違いない。
今日の学童と放課後子ども教室を含めた放課後事業も、何も無い所に市町村が学校に置く施設、あるいは営利重視の民間施設が作られる方がどんなに楽か。余裕教室の活用や、子どもの安全面の配慮、保護者の払うコスト等を勘案して、そして小学生は小学校で、という単純な効率性を理由として校舎内での放課後事業の開設は推奨されている。しかし、保育園も十分でない上に小学生の放課後対策が皆無に等しかったために止むを得ず共同保育を立ち上げた保護者たちの歴史と、その歴史を知り現在は市町村や学校の重鎮となっている大人たちの葛藤は今日も続き、校内にある学童保育に満足に水やトイレを使わせなかったり、放課後子ども教室には好意的な地域住民が学童保育には抵抗感を示したりする例もある。かつての教員組織や住民運動なんて見当たらず、子ども会や学童保育に関わる親や住民には我が子の育児や自らの生活を何とか保つ力しか無い現状があったりするのに。
学習一つとっても学校と学校外の不要な葛藤の歴史を背負っていたりするが、放課後に勉強に没頭出来る空間は、それが集団か個人か、アクティブかどうか等はさておき、今日こそ不可欠だと私には思えるのだ。

*参考

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